小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 箱崎ICが近づいた。

「七恵、家に来るか?」

 私は頭が真っ白だった。……髪ではなく、脳みその中身が。

「……帰る、家に」

「だから、どの?」

「実家!……海乃に逢いたいから」

 全く……余計なところで海乃への想いを垂れ流してしまったわ。のぶにいろんなもの預けて来ちゃったか

ら、家に帰って、私のメモリーボックスを開けなきゃ……充電切れだよ。すごく疲れた。

 でも。

「やっぱり綾ん家に行く」

 私は、とんでもない事を思い出した。

「うん?じゃ、まだ店やってるから、飯作ってやるよ」

「……なんか綾、優しくない?」

「優しいんじゃない。優しくしてるんだ。俺はもう10年、七恵の泣き顔ばかり見てきたから……」

 綾は薄く笑いながら、高速を下りて窓を開けた。

「言ってたじゃないか。うーちゃんが笑ってくれるなら何でもするって……そうだよな。好きな人が笑ってい

てくれることが、愛する事の喜びだよな」

 タバコを噛んだまま、白い歯を見せて笑う。

「綾は、私が好きなのね」

「おおよ!うーちゃんを好きなお前が好きだ」

 私もだ。海乃を好きなのぶが好きだし、のぶを好きな海乃が好きだ。海乃を好きな綾も、私を好きな綾も好

きだ。

「じゃあ、これからは笑えるようにする」

「うーちゃんが笑っていれば、七恵は笑う。簡単な事じゃないか。だから俺らは動いてる」

 店の前で車を停める。

「先下りて行ってな。車停めてくるから」

 ……いつもは駐車場に直行なのに……

「その前に……キスさせて」

「……うーちゃんの間接間接キスだろ?」

 バレたか……

 ペロリと出した下に綾が噛みついた。



 バンっ!!

 窓を叩く大きな振動に、バーチャル間接キスを味わう間もなく振り返ると……

 晴香!!

「何をよろしくやっちゃってるわけ?愛しのウミウシはどうなっちゃったわけよ!?」

 晴香だ!!晴香だ!!

 助けに船とはこの事だ! 私は忙しなく車を下りて、毎度ゲンキンなオコゲのメス豚に駆け寄った。

「痩せたじゃない!……でもやっぱり海乃には似てないわ、アンタ」

「久しぶりに会っといていきなり何?綾ともベタベタしちゃって……」

 昔を彷彿とさせるハデな花柄のボディコンとパープルのアイシャドウが懐古なビアンチックで、思わず嬉し

くなった。

 綾が手を挙げて、車を停めに行った。やった!

 私たちは店に入って、先ずは再会の乾杯などしたところで、晴香はかぶりついて話し出した。

「ウミウシがね!……大変!!」

「別れたんでしょ?」

 晴香はキョトンとする。

「知ってたの!?どこで仕入れたのよ?もしかして、見つけた?」

「ううん。でも、のぶが逢ったの。本人から連絡もらって」

「暢志さんと?なんだ、彼女もその気だったんだ……やだ、七恵ちゃんフラレちゃったんだ」

 ああ!やっぱりこの女、殴りたい!!

「まだよ!失礼ね!!今、のぶと争奪戦の真っ最中。勝ちは見えてるけど……どこに居るか知ってる?」

「え!?暢志さんと居ないの?だって……元婚約者、結婚するんだよ、元カノと」

「そこまでは知ってる、どこに居るかもだいたいわかったの。でもアンタに聞きたい事があるの!すんごいす

んごいグッドタイミングよ!」

「何よ?聞きたいって……」

 そこはせめて『なぁに?』だろ!?気が利かないなぁ。

「アンタの弟よ!岡野の部下なんでしょ?会社教えて欲しいんだ!岡野に会いたくてさ」

「はあ?弟の?いいけど……綾貸してくれる?一晩」

「どうぞどうぞ」

 その時後ろでドアが開いた。

「勝手に決めんな!ドアホ!っていうか、そんな事も知らないで岡野に会う気だったのか!?」

 あらやだバレた。

 ペロッと出した舌を晴香がペロッと舐めた。

 ぎゃー!晴香のバカヤロー!!何すんだ!



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