小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 晴香から聞いた会社に電話をして、私は岡野和彦と会う約束を取り付けた。

 晴香が弟から聞いた話によると、岡野和彦の婚約者が家を出たのは2ヶ月前……ちかちゃんから妊娠話を聞

いた頃。つまり、のぶと逢った直後だろう。

「弟の野郎、彼女出来てね、その彼女が岡野の元カノと仲良しらしいの。それで引っ越しとか手伝って横浜に

しょっちゅう来てたたらしいんだけど、彼女と一緒だからってちっとも連絡寄越さないものだから、こっちも

伝えるのが遅くなったんだけど……暢志さんと接触あったのに行方不明なんてあり得なくない?」

 だから、岡野に会いたかった。私の知らない間の海乃が、すごくすごく幸せだったら……もう少しだけ好き

にさせてあげたかった。ゆっくり泣かせてあげたかった。私は、海乃には嘘じゃなくて笑って欲しいから……

 弟君談では、引っ越しの時、岡野の暮らすマンションに、婚約者の影はまるでなかったそうだから……



 岡野和彦は有名スポーツメーカーの広報部の主任だった。

 私の名前は知りもしないだろうが、出版社と雑誌名でヤツは飛び付いた。事故の話でも持ち出されると思っ

たのだろう。でもそれで私まで消されちゃ堪らないので、私は海乃の名前を出した。ついでにちかちゃんの名

前も出した。彼は会社外でとの条件で私と会うと約束してくれた。



 西新宿のビル街のど真ん中、岡野の会社と私の会社のちょうど間あたりのテラスカフェ。平日の真っ昼間に

時間指定してくるあたり、いい身分だな、おい!!

「お待たせしました。但馬七恵さん……ですね?」

 ちょっとカッコ付けにかけてみた、レイバンのグラサンをずらしてその人物を確認する。ちなみにグラサン

は綾に借りた……当然。

 岡野和彦は見るからに温厚な優男で、そこそこカッコ良さげな坊っちゃま風な男だ。いやいや全然、海乃の

タイプじゃないな……って、タイプとか聞いた事もないが。

「海乃の……お友達でしたよね……海乃は、元気ですか?」

 岡野は瞳を潤ませて訊いて来た。

「それは私が聞きたいくらいです。やっぱりご存知ないんですね?」

「ひとりで出て行ったのは海乃です。最後に、恋をしてきたと言っていましたから、僕はてっきり……」

「海乃は……貴方を愛していましたか?」

 目を伏せため息をついてから、彼は空を仰いだ。

「さあ。どうだったでしょう。僕は旨くいってるつもりでしたが……恋人が居たようですね、彼女には」

 どこか投げやりな態度になった彼に、薄っぺらだが嫉妬しているような印象が見える。

「そうですね。とても深く愛し合った人がいました。でも、貴方にも居ましたよね?ご結婚するそうで……お

めでとうございます」

「但馬さんは……ちかの事もご存知とか……だからこうして外までお呼び立てしたのですが」

 イラッとした表情で私を見る。

 ……この人、確かに悪い人じゃないだろうけど……ちょろいな。守られる事に慣れてる。

「以前、食事の席でたまたま相席した時に、お話させていただいただけですよ……まさかその時聞いた恋人

が、海乃の婚約者だったなんて、思いもしませんでしたけど」

「但馬さんは……僕たち夫婦を脅迫でもするおつもりですか?」

 出たよ!守られ上手のご子息様!!

「いいえ。事故を咎めるつもりも、ちかちゃんに……奥様にそれを伝えるつもりも、微塵もありません。ただ

私は聞きたいだけです。貴方が海乃と暮らした3年間……貴方は海乃を愛していましたか?子供の産めない海

乃を愛し続ける覚悟はありましたか?海乃は幸せでしたか?貴方と一緒に居て、毎日笑っていましたか?教え

てください。私はそれだけが聞きたくて、岡野さん、貴方に会いに来ました!」



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