小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 岡野和彦は眉をしかめ、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「僕は周子を愛しています。これからもずっとです。今、海乃を愛していたかとは言えませんが……僕は彼女

の幸せを望んでいます」

 絵に描いたような爽やかな笑顔で答える。それがまた勘に障る。

 私は向かい合ったイスをガタガタと寄せて岡野に近付いて囁いた。

「あの〜……ぶっちゃけ海乃とは、夜の方も結構お盛んでした?ちかちゃん、気にしてましたよ?」

 ちょっとだけ、のぶに同情して……つうか、私がやっぱり許せない!気にしてるのは他ならね私だ!!

「ご存知だと思いますが、海乃は手術の後遺症で性交障害がありました。医者には精神的なものが大きいから

問題ないとは言われていましたから……結婚するのだからと、僕は求めましたよ。彼女は酷く怖がって痛がっ

て……初めてだったんですね。僕は嬉しかったですが。その後も彼女は求めれば応えてはくれていましたが、

その度に辛そうで……やはり後遺症が大きかったんでしょうね。お恥ずかしながら、海乃の事はほんの数回し

か抱いていません。周子……気にしてたんですか、そんな小さな事を……」

 頭を掻いて照れたように岡野は笑った。

 ……よくまあ饒舌にシャアシャアと喋ってくれたもんだわ!この私の前で!!この腐れチ……失礼。

「そうだったんですか……でもちかちゃん、こんなに愛されて……幸せそうで、本当に良かったです」

「いや、周子がお世話になりました……ありがとうございます」

 だから……幸せなちかちゃんとの話はもうわかったって!

「いいえ、とんでもない、こちらこそ。ちかちゃんのお話を伺いながら、とても優しくて素敵な方だと思って

いたので……安心しました。海乃も貴方と暮らせて幸せだったんですね。きっと毎日笑っていたんでしょう

ね……ありがとうございます」

「え?……ああ、そうですね。でも、海乃は大人しくてあまり笑わない娘だったので……時々戸惑いました

よ……ハハ」

 ……てめえ、何を笑ってるんだ?海乃が大人しいだ?あまり笑わないだ?コイツは海乃の笑顔を見たことが

ないのか?笑顔にさせたことさえないのか!?

「あの、もうひとつお訊きしたいのですが……海乃に友達はいましたか?」

「いえ、僕の知る限りでは居ませんでした。いつもひとりで僕を待っていました……一度、中学時代の友達に

連絡がついたと言ってましたが……それが恋人だったんですね。すっかり騙されましたよ」

 騙されたじゃねーよ!恋人を隠してたのはお前だろ!?海乃は嘘は言ってない……のぶと恋人だった日なんて

1日もなかったんだから。

 あー、何かもういい。よくわかりましたとも、和くんさん!

「今日はお会いできて良かったです……最後にお訊きしたいのですが、もし海乃が昔の恋人に逢うこともない

まま、ちかちゃんの妊娠を知らされても、貴方は海乃と結婚して、ちかちゃんを捨てましたか?」

「周子を捨てられるわけないでしょう!僕の子供ですよ!?…………あ!」

 即答しておいて、マズイと思ったか……私は海乃側の人間だものな?岡野は慌てて手で口を塞いだ。

「……いえ、海乃とは結婚しました……結婚しなくとも、一生面倒はみるつもりでした。それは本当です」

 自分の立場の次は、血の繋がった子供……当たり前の事でも、その影に押し潰されていた海乃に、この人は

愛なんて抱いていない……出ていってくれてラッキーてなところだろう。悔しすぎて涙も出ないよ。

 私は血の気が引いた指先を固く固く握りしめていた。立ち上がり、深々とお辞儀した。

「今日は海乃の……私の最愛の友達のためにご足労、ありがとうございました」

「あ、いえ……」と立ち上がりかけた岡野の襟元に手を添えて、一言……

「だから一発、殴らせろ!!」

 次の瞬間、後ろで座っていたカップルのテーブル席まで、岡野和彦は吹っ飛んだ。ざまあみろ!!


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