小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 誰かを殴ればその手は痛む!

 誰かを傷つければその心は痛む!

 もう迷わない!

 もう躊躇わない!

 もう待ってなんかいられない!



 私はビルのカフェテラスから走った。

 もう会社に戻りたくなくて「取材後直帰」と連絡を入れた。

 社会的立場の高い男を殴り飛ばして、結局は逃げて来ちゃったけど、コーヒー代の500円玉はテーブルに置い

て来た。傷害やら器物破損やらで訴えられたって構うもんか。あいつを殴る方が、私には意義のある行為だっ

たんだから!

 良かった!海乃があんなヤツをフッてくれて!可哀想に……あんなのに初めてをあげちゃって……それはも

う、全部のぶが悪いって事で、後は私が抱きしめてあげるからね!っていうか、こんな事になるならホントに

私がヤっちゃえば良かった!

 ……って、違ーう!!そんな事じゃなくて!

 何も問題は無いじゃないか!迎えに行ったって。

 海乃が岡野の事で泣いてるわけない。あの娘は愛されてる事にはてんで疎いけど、愛されてない事には敏感

だ。だからだからだから、だからーっ!!



「……それは良かった。嫌な思いをしてまで会った甲斐があったってもんだ」

 私はえぐえぐ泣きながら、綾に右手を差し出していた。

「だけどどうして君はすぐに男をぐーで殴っちゃうの!!またこんなに自分の手が腫れるほど力込めて……」

 右手の五指の付け根から手首にかけてを、ずっぽり湿布で覆った上から、ぐるぐると包帯を巻かれているこ

の情けなさ!

「ちょっと手のひら握ってみて」

 言われて握る。ぎゅ。

 ピキーッと電気が走る。

「痛い」

「当たり前だ!何ですぐ喧嘩ふっかけんだ!!そのうち殴られんぞ!」

「海乃が守れるなら殴られてもいい」

「アホか!こんな綺麗な顔、傷だらけにしたら、それこそうーちゃんが悲しむわ!」

 きゅん。……とした。悲しむ海乃は、容易に想像出来る。悲しんでくれるだろうか?私をまだ好きで居てく

れているだろうか?

 ……そうか。きっと、私はちかちゃんも悲しませたな……でもいい。どうせラブラブなんだから。

 右手は包帯だらけになったけど、私は遣ることはやった!あとは……!!

「綾。私、海乃を迎えに行く……いいでしょ?」

「待てよ。週末にミサオんとこに行くから」

「私も行く!」

「だめだ」

 どうしてー!?

 綾のあまりにキッパリとした口調に、私の渾身の訴えは声にもならなかった。

「そんな、男殴りましたみたいな手していきなり七恵が逢いに行って、うーちゃんが素直に逢うか?帰ってく

るか?……のぶならともかく」

「……酷い」

 特に最後の余分なひと言が、実に余計だ!

「ミサオ先生の許可がおりたらすぐ行こう」

「……海乃に逢うの?」私より先に?

「逢わないよ!俺と逢ったら死ぬって言ってたんだから、死なれちゃ困る」

「……わかった。待ってる。待ってるから、泣かせないでね」海乃を。私を。のぶを。それから綾もね。

「大丈夫大丈夫」

 抱きしめてくれる。慣れた腕。慣れた胸。慣れたぬくもり……その慣れた肩に顎を乗せる。

「ねぇ……私さあ……フラレるんだよね?」

「嫌なら告ることないじゃないか?」

「だって……のぶに告っちゃったもん」

「じゃ仕方ないな。そしたら俺が居るじゃん」

「うん。だからね、綾ともセックスフレンド解消だね」

 きっと私は、綾と付き合う……身体だけの関係じゃなく……。

「でも、結構気に入ってただろう?こんな適当ぶったセフレの関係」

 私は思わず笑った。その通りだ。

「うん。楽だったもん」

「じゃあこのままで居よう?口開けて。舌出して」

 解らないけど、言われるままに口を開けて、舌を出した。

「身体だけなら、こんな素直なまんまの七恵でいるしな」

 私の口ん中に綾が飛び込んで来た。



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