綾の白い車に乗り込む……今日の車はやたらとピカピカに見えるのは気のせいですか?
「洗車……した?」
「うん!念入りに磨いて来た!やっぱりお迎えは白馬でしょ!」
街はもうクリスマスイルミネーションに彩られ始めている。
いつの間にか、カレンダーは最後の1枚を残すのみとなっていた。
「ねぇ、今からすぐ行くんだよね?」
「何を今更ビビってんの?問題あるの?」
「だって……休みだったから、私スッピンだし、普段着だし……ううん、そんなのどうでもよくて……」
「……のぶ、連れていきたい?」
ハッとした。
「連れて行きたいわけじゃない……でも」
綾の手のひらがぐしゃりと私の脳天を撫でた。
「いらっしゃ……ななちゃん!」
随分と久しぶりに開けた扉の向こうから、親っさんの笑顔がこぼれる。
「七恵……い、いらっしゃいませ……」
カウンターの内から気まずそうに、のぶが俯く。ああ……ヘタレめ。
「よかった、こっちに居て。のぶのオススメで折を四人前作って。大至急」
「折?弁当なんて珍しいな……花見でもすんのか?」
「ひとつは海乃の分よ。心して作ってね」
「お前……!!」
カウンターから身を乗り出して、立ったままの私の襟元を掴んで来た。その手をほどいて「早く!」と催促
した。嫌な客です、どうせ。
「居たのか?アイツ……」
「……どうかな。私はアンタほど、チャンスの神様に愛されてないから」
出されたお茶を啜りながら、少し背筋を伸ばしてのぶが造り上げる、日本芸術と呼べそうな料理を見てい
た。本当だ……何人もの女を抱いてきたくせに、その手は穢れを知らないように綺麗なんだ。
何も言わず、のぶはうっすら笑みさえ浮かべながら愛妻弁当ならぬ、愛夫弁当をこさえた。……キモいぞ。
折を包んでもらい、会計を済ませてから、のぶを店の外まで呼び出した。
「海乃を迎えに行く」
「お、俺も行く」
「ダメよ。約束したじゃない」
「七恵、本気で言ってんのかよ?それが何に……」
「のぶは……指環でも用意しといてね。サイズは7号、石はルビーでね」
のぶの割烹着の胸元を掴んで寄せて、唇を重ねた。最後のキスだ。
「今まで、ありがとう」
踵を返した私を、のぶは呼び止めて、肘を掴んだ。
「七恵、待てよ……!」
「ごめん。先を急ぐんだ」
のぶの手を止めたのは綾だった。……いつから外で待ってたんだ?
「またかよ先輩……アンタ七恵が好きなら、俺とかと結婚させんなよ!七恵を幸せにしろよ!!」
「バカか!?お前は。七恵に何の覚悟もないとか思うな。てめえだって七恵を好きだろ?何を見てきた!?……七
恵の指が7号のわけがないだろ?9号だって入るか危ういぞ。人ばっか殴ってるからな。それに七恵は8月生
まれだ……誕生石はルビーじゃない」
「綾!!」
ホントに……余計な事を言うんだから!!……ありがとうね。
「のぶは待ってて!指環……絶対ヨロシク!」
のぶの返事も聞かずに走り出した。クリスマスは……一緒に居られるから……!
横浜はイルミネーションの灯りで溢れていた。まるで祝福の宴のようだよ。涙で歪んでしまう前に、その眩
さを刻んでおいた。
ミサオちゃんの住むアパートは、中華街のメイン通りから更に奥に進んだ、住宅街にあった。
海乃は、岡野の母親から、ミサオちゃんを保証人に立ててそのアパート(ミサオちゃんの隣の部屋らしい!)
を紹介されたそうだ。ミサオちゃんが岡野の親戚筋で良かった。と、都合いいけど思わずにはいられなかっ
た。
「海乃ちゃん、待ってるわよ」
ミサオちゃんに促されて、明かりの灯る海乃の部屋の前に立った。
胸がドキドキする……足も手も、おかしいほど震えている。今から泣きそうで細く詰まった気管に、深呼吸
して風を流す。
十年の想いを結ぶ。