小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 ああ〜……どうしよう。

 どんな顔したらいいの?

 何て言ったらいいの?

 顔見たらいきなり「好き」とか言っちゃいそうだよ……

 足はムカデになっちゃとたかと思うくらい、ガクガク小刻みに震えてるし、胸はドキドキが固まってマドン

ナみたいな超ボインになっちゃってる気がする。

 呼び鈴のボタンに人差し指を立てたまま、私は動けないでいる。ほんの2センチ、指を前に押し出すだけな

のに……

 ざわつく気配に横を向くと、隣の部屋のドアが開いていて……二つ顔が覗いている。スポーツ観戦かロック

バンドのライヴにでも来ているように、腕を挙げて振り回し、無言で私を囃し立てる!ああああぁもうっ!!

 決死の覚悟で、指を前に押し出した。

 部屋の中にジリジリと蝉の鳴き声のようなチャイムが響く。

「はーい」

 海乃の……声だ……それだけで胸に熱く込み上げる……

 パタパタと小動物的な足音の後、カタリと錠を外してからドアノブが回る……

「ミサオちゃん?」

 ガチャリと扉が開いて、海乃が顔を覗かせる。

 ……海乃だ……。

 長すぎる前髪の向こうの笑顔の瞳が、次第に見開かれる。2秒経って、開きっぱなしの唇が小さく揺れた。

「……ななえ……」

 その声に箍が緩んだ。一気に眼窩に涙が溜まる……だって、私より先に海乃の下睫毛の上には、今にもこぼ

れ落ちそうな雫玉が乗っていたから。

「うみ……の……」

 お互いに見合ったまま、次の言葉を繋ごうとして……つい、

「好きだっ!!」

「きゃあああああ!!」バタン!

 私がいきなり告白ぶっぱなしたのと、海乃が悲鳴を上げたのは同時で、次の瞬間に勢いよく扉を閉められ

た!

 何を私が口走ったって事より、むしろそれは伝わる間でもなくぶっつり拒絶されたわけで……もとより、私

が訪ねて来るなんて思ってないぢゃん!?何が、何が『海乃ちゃん、待ってるわよ』だよ!?待ってないぢゃん!!

 隣の部屋のドアから覗いたままの顔に目を向けると、二人は一層景気よく囃し立てている。

 囁き声で「七恵、どっかのヒーローみたいでカッコイイぞ!!」とか「怯むな!押し入れ押し倒すのよ!!」と

か無責任な事を叫んでいる。

 中から明らかな泣き声で海乃が叫んだ。

「何で……何で七恵が居るの?あーちゃんが教えたのね!?やっぱり嫌いだ!あーちゃんなんて!!でなき

ゃ……」

 いきなりアパートがドンと揺れた。窓ガラスがチリチリと揺れた。

「ミサオちゃんが言ったのね!?いぢわる!!」ドン!

 どうやら、隣の部屋と隔てる壁を蹴っているらしい。

「ばかぁ!!」ドドン!

 ……って、おい!!相変わらずめちゃくちゃやるなぁ!!

 私は慌ててドアを叩いた。

「海乃……!違う、私が……私が逢いたくて海乃を探したんだよ。海乃、また必ず電話するって言ったきりな

んだもん……私が待ちくたびれちゃったんだ。だから、だから開けてよ……」

「……」

 返事がなくて、悲しくなる……胸が詰まる。

 でも、海乃にとって私は、大好きなのぶを掠め盗った憎き仇だ……

「……もう嫌い?逢いたくないなら……帰るね」

 言いながら辛くて涙がこぼれる。

 途端に部屋からガタガタバタバタと……人がコケたとは、まず思えないような音が響いた後、ドアを静かに

開いた。

 扉の向こうに、涙でぐしゃぐしゃの顔をした海乃が、居た。

 小さく首を振りながら「行かないで」と呟いている。

 堪えきれずに海乃を抱きしめた。前より痩せて小さくなった海乃を胸に閉じ込めるように……

 きつく抱きしめたら折れるんじゃないかと思わせるけど、また逢えなくなるなら壊してもいいと思った。ど

うせ、私には海乃との未来なんてない。だけど、海乃は私の背中に腕を回し、肩口で細い声で呟いた。

「あいたかったよぉ……」

 あああ私はもう、今日で死んでもいい!



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