小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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「七恵、ごめんなさい……あれきり連絡もしないで……」

 海乃の声が耳朶を掠める……感動の再会中にアレですが、ヤバい……おかしくなりそうだ。

「だって……テレカ切れちゃったんでしょう?仕方ないじゃん……」

「七恵……」

 さらにギュッと抱きしめてくる……だからヤバいって、理性飛ぶっての!……もういっそ、このまま押し倒

すか……!

「あ!そうだ!!」

 背中を支えながら膝を折ろうとした時に、急に海乃が叫んで身体を離した。私の両手を取って真っ直ぐ顔を

向けた。……可愛いっ!!

 また瞳からボロボロ涙をこぼしながら、それでも笑って首を傾げる。

「おめでとう」

「……何が?」

 目一杯の笑顔と裏腹に、海乃の目からはバタバタと涙が落ちる。

「げっごんずゅるんだよで?のびゅど……」

 声全部に強すぎるビブラートがかかって何を言ってるやらわからない。でも、私には判る。海乃の言うこと

なら全部聞き分けられる。がしかしだ!



『結婚するんだよね?のぶと……』(音声解析処理済み)



 しまったーッ!まずはそこからだった!

「しない!」

「……え?だって……」

「のぶがいろいろ言ったかもしれないけど、そんなのしない」

「……わたしのせい?」

 海乃は尚も泣き続ける、微妙な笑顔のままで。

 ……やっぱりな……

「ううん、そうじゃなくて……何から話そうか……」

 涙を拭い、私は肩から掛けていたバッグから、いつも机の上に鎮座していたオウム貝を取り出して海乃に握

らせた。

「覚えてる?海乃から初めて貰った誕生日プレゼント……私はいつも話しかけてた。海乃は全部聞いてたんで

しょ?手紙……ついこの間よ!見つけたの。だから、急いで逢いに来た」

「ごっ……ごめんなさい」

「何謝ってんの!」

 俯いた海乃をその場に座らせて、背中合わせに私も座る。

「それでは、再生します。嘘を返すオウム貝の、これはオウム返しです……海乃の知らない私だから……」 

 全体重をかけて凭れるには頼りない海乃の背中に身体を預けると、背中の向こうから静かな重みが返って来

た。「はい」なんて言葉も添えて。

 ……何だか嬉しい。わざわざ確かめ合うでもなく、また同じような時が流れれば……流れれば……そんな平

和な話では済まないか……

「海乃にそれを貰って最初にしたのは『海乃』って呼ぶ練習。綾と遭ったのはその頃。ホラ、私がぷち家出し

て海乃に殴られた時……あれから勢いで名前で呼べちゃったよね」

「……もしかして、エタニティの彼氏って、あーちゃん?」

「うん、そう。でも彼氏じゃないよ……相談相手。ずっと。だから、海乃に辿り着けた」

「どうして言ってくれなかったの?」

 あ、あれ?先に綾の告白になっちゃったら……ここでおしまいになっちゃわないか?でも……もう引き返せ

ない所まで来ちゃったよ……

 背中合わせで海乃の表情は見えないけど……オウム貝を抱きしめて、今私の言葉を待っている海乃を、私は

もうこれ以上裏切れない!

「あ!あーちゃんが女の子だから?……ふ、二股だったから?」

 鋭いんだか鈍いんだか判らないけど、痛いとこを突く。

「だから彼氏じゃないって……それでそんな理由なら、まず海乃に相談するって。そうじゃなくて……海乃、

綾が死ぬほど嫌いなんでしょう?だから……そんな綾と付き合いがあるって知ったら、海乃に嫌われると思っ

て……」

「うん。あーちゃんは嫌い」

 ああああ……終わった!

「でも」

 ぺたりと貼り付いていた海乃の背中が、くるりと回った。横目で後ろを見やると、海乃が私の顔を覗き込ん

でにこりと笑った。

「わたしが七恵の好きになったひとを、嫌うわけないじゃない」

 ……花がこぼれる。

 昔のままの海乃が笑う。逢えなかった3年分の花で私の周りが華やぐ。

 

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