小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>



 はい来た!夏休みです!

 私が最大のネックとしていた橘の数学も無事に40点採れて、40日分の時間を私にくれる約束をしてくれた!

 ついでにのぶは、珍しく試験勉強などをやったお陰で、初めて補修も追試もない夏休みに突入した。

 ……きっとまたチョロチョロと橘と私の間に入って来るんだろう。



 と、橘との時間ばかりを楽しみにしていたのだが、当の橘は学祭の台本書きの〆切を八日後に控え、自分の

部屋に缶詰状態になっていた。

 私は毎日家に遊びに行っては、勝手にポニーテールを結い、書き物をしている橘を後ろから羽交い締めにし

ては内緒話攻撃を浴びせて泣かせ、エロい橘を怒らせ、夜は橘を抱き枕にして泊まった。毎晩ドキドキして、

私はすっかり寝不足だった。

 六日目に橘の家にのぶから電話があった。

 橘ママが「海乃ちゃん、戸川さんて男の子から電話ー」と呼んだので私が電話に出た。

「橘に用があるなら私を通せ!」

「……なんで、七恵が居るんだよ……」

 がっくり方を落とすようなのぶの声が楽しい!のぶの勇気を挫く事が、今の私には最大の楽しみだ。……

あ、嘘。橘の笑顔を見ることの方が、ずっと大きな楽しみだった。

 それはそうと、のぶの用件は、なんとデートの誘いだった!それを言うと、のぶはいちいち「好きじゃね

ぇ」と反論するので、敢えて黙っておいた。

 デートなら当然私も邪魔しに行くところだが、場所は映画館で、夏休みリバイバルで一日だけ上映される

『ロミオとジュリエット』の映画だった。……こればかりは仕方ない。今の橘に必要なモノだ。

 私は翌日、二人を映画に行かせる事にした。……で、私はその間に寝る!この先の橘との夏休みに備えて、

寝不足を解消しておかねばならない。



 次の日の朝、私は橘を盛り付けていた。

 ミニスカート、ショートパンツは禁止。暑いだろうけどポニーテールもだめだからね!

 でも橘の私服は、部屋着はハダカみたいなのばかりなのに、外出着はストンとしたワンピースか、自衛隊み

たいなポケットだらけのシャツばかりなので、何となく安心出来た。

 せっかくだから可愛く飾って見送った。

 そして私は、橘のベッドで橘の匂いを抱いて眠った。



 目が覚めたら三時過ぎで、ちょうど映画が終わる頃だった。

 ……結局、デートを許してしまった事を悔いていた。

 消しゴムはまだ使い切られてはなかったが、のぶの辛抱が限界なんじゃないかと、そればかりが気になっ

て、私は橘の家を飛び出した。

 電車を乗り継いで都心迄出て、映画館まで走った。映画は次の回が始まったばかりだったので、近くに居な

いか探し回った。

 テラスになったファーストフードショップの前を走った時に、やたらとデカイ声で映画のうんちくを語るの

ぶを視界の端に捉えた。

 振り返ると、テラス席に向かい合って座る橘とのぶを見つけた。

 私は慌てて店内でコーラを買って、二人の隣のテーブルに背を向けて座った。

 ストーカーみたいだったが、二人の声は聞こえるし、二人の姿は、目の前のブラインドが下ろされたガラス

張りの壁にありありと映っているという、ベストポジションをキープした。

 のぶがずっと話していた。のぶが小学校の頃から映画好きなのは知っていた。だから映画なら、いかに満月

に関係なく変身を遂げるエロ猿オオカミ男(仮)ののぶでも、オチャメでは済まない悪行はしないと思って行か

せたのだが……たぶん、それは当たっていたようだった。でも後で、うるさいくらいうんちくたれるから、橘

は逆にうんざりするんじゃないかと思っていた。

 すぐに声をかけようかと思っていたのだが……

 ガラスに映る橘は瞳をキラキラさせて、いや瞳は見えていないけど、キラキラしたオーラを発して、のぶの

話に頷きながらメモを取っていた。



 頭の奥からこめかみに向かって、チリチリとくすぶる感情が焦げてゆく……




-13-
Copyright ©魚庵(ととあん) All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える