小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>



 のぶは尚も喋り続けていた。知りもしないであろうシェイクスピアも映画が絡めば、一転して物識り博士

だ。

「待って!戸川くん」

 橘がのぶの喋りを止めた。

「……ごめんね。メモが追いつかない」

 途中で映画の話を止められると、いつもならプチギレするのぶが大人しく黙っている。頬杖をついて、ドリ

ンクのストローを噛みながら。

 橘がメモを取る手を走らせながら口を開いた。

「……戸川くんて、映画詳しいのね。演出や効果のこともよく知ってるし……馬じゃなくて、演出やればよか

ったのに……じゃなきゃ、ロミオ、似合いそうなのに……」

「ぅん……あぁ、まぁね……」

 のぶは橘の言葉にも興味無さそうに、生返事しながら、アホ面さげてぼぅっと橘を見ていた……

 私は余計な胸騒ぎにの中、二人から目が離せなかった。

 のぶの空いていた右手が、橘の顔に向かって伸びた……まさか……!?

 橘の前髪を挟んで持ち上げた。

「なんだ……目、あるじゃん……」

 橘が顔をあげた。

「やだ、当たり前じゃな……」

 橘とのぶの時間が、その時に止まった。

 二人の間を繋いだ見えない糸が、二人の鼓動をひとつに重ねて響かせる……



 このふたり、デキてんじゃん……

 同じ想いで、繋がれてるじゃん……



 1ミリも動かないまま、二人は見つめあっていた……

 ハッと同時に我に返り、視線を逸らしてお互いに別の方向を向いた。

 ほんの数秒の事だったに違いないが、二人には10分にも20分にも感じていただろう……私はもっと長く感じ

ていたから……



 ぐらぐらと目眩がした。

 二人は今、絶対気付いたと思う。

 自分の好きな相手が今、目の前にいて、同じ想いでいる事に……

 橘とのぶは、いつかは二人で一緒に居る事を望んで、一緒の時間を過ごすようになるのだろう……いつか

は……のぶの腕の中で橘は丸まって眠るのだろう……



 ……堪えられない……

 私はひとり、席を立ってその場を離れた。



 とぼとぼと駅まで歩き、ひとりで電車に乗った。

 空いてる席に座ると……窓からの、西に傾く夏の陽射しが眩しくて、ボロボロと涙が出てきた。




 橘の家に「ただいま」と帰ると、橘ママがホッとした顔をした。

「良かった。七恵ちゃん戻って来て。急に出ていったから心配したのよ。今日ね、煮込みハンバーグ作ったん

だけど、何か調子に乗って10個も作っちゃったから、いっぱい食べてね」

 橘ママは流石は橘の母で、やっぱりどこかズレている。ここん家……私入れても四人じゃないですか……と

いうか……早速橘は帰らないかもしれないです。……とか言えるハズもなく……



 橘の部屋を改めて眺めると、本しかなかったが、既に物置棚と化している机の上にはたくさんのノートが積

まれていた。

 一冊を手にとって開いてみると、それは「×月○日」から始まる……日記だった。

 橘の日記はすごく魅力的な匂いがするけど、それを読むのは人としてどうなのか……でも、この中にはのぶ

への想いが書かれてあるかもしれない……と、心は葛藤していたが……私は人間のクズでいい!



×月○日(月曜日)

 今日は入学式で、出席番号順の席で、サカモト君の隣になれた。

 嬉しかった!運命を感じた。



 ……誰だ?サカモトって?



 サカモト君のことはずっと昔から知っていた。

 小学生の頃、迷子になった時に、元気な男の子と元気な女の子に遊んでもらったことがあった。

 あの時の男の子がサカモト君だって、私はすぐにわかった。



 ……これは、のぶと私っぽいけど……どうやら日記ではないようだ。これは……たぶん、小説だ。

 橘は、小説を書いているんだ。




「ただいまー!七恵ちゃん、起きてる!?」

 橘の声に私はノートを閉じた。



 橘……帰ってきた。……良かった。



-14-
Copyright ©魚庵(ととあん) All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える