小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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「……もちろん、七恵が嫌じゃなければ、だけど」

 視界が曇る……肩に凭れた海乃の体温が、私の全てを熱くする。

「嫌なわけないじゃない……海乃が居れば、私は……でも、のぶが……」

「のぶが嫌がるわけがない。のぶは、七恵と一緒にわたしを待っててくれたじゃない」

「私は……」

 いつもいつもいつもいつも、むちゃくちゃな考えをまかり通す海乃……そんな事、誰が思うよ?

「遊びじゃないのよ?私、プロポーズしてんのよ!?」

 海乃を抱きしめる。

「うん。わかってる」

 海乃の腕が私を抱き留める。

「のぶだって海乃と一緒になりたいのよ」

 抱く腕に力を込めて。

「うん。一緒になる」

 熱い吐息を首筋に感じながら。

「……ふたり占め……するよ?」

 強く強く抱きしめる。

「わたし、世界一の贅沢者ね」

 海乃の身体を離して向き合う。私ばかりが泣いているのかと思っていたら、海乃の頬にも涙の川が幾重にも出

来ていた。いつもいつも、海乃は本気だ。

「海乃、一生傍に居て。ずっと一緒に居て欲しい」

 私の言葉に海乃はまた涙をこぼして「はい」と頷いた。

「じゃ、次はピアスの交換ね」

 海乃が私の手を取って笑顔を投げ掛ける。

 嘘!!これって結婚式なの!?……可愛いなあ、もう!私、やっぱり明日まで持たずに死ぬんじゃないの!?

 私が妄想に耽っている間に、海乃は結婚指環の代わりにしては不気味でゴツいノーチラスピアスを、私の耳た

ぶに通そうと必死になっていた。

 自分の耳なら慣れもするが、他人の耳たぶにピアスを通すなんて芸当は、致命的左手不器用な海乃には、そり

ゃあ大仕事だろう。私だって、ピアスの嵌め合いっこなんて初めてだ。

 悪戦苦闘する海乃の呼吸を耳で受け取りながら、欲情するより先に嬉しくて、思わず笑いが込み上げる。クス

クスと笑っていると、不意に頬にキスされた!

「ひゃあ!?」

「笑うなんて酷い!」

 鼻先3センチに海乃の膨れっ面を捉え、胸が疼いてもう辛抱たまらん!ギュッと首に抱きついた。

「幸せ過ぎる」

 海乃も笑いながら「わたしも」と答える。

 白い餃子みたいな海乃の右の耳にピアスを通す。

「左は、のぶに通してもらってね」

 パチリとキャッチをはめて、色づいた耳に、さっきのお返しとばかりにキスをした。

「きゃぁっ」

 首をすくめて身体を強張らせだけど……

「何か前より感度落ちてない?……のぶに慣らされたとか……?」

 火がついたように赤く頬を染めた海乃に、私はどうしようもなく愛しさと幸せを感じていた。

 のぶ、スケベなことしまくってんじゃない!これからたっぷりゆっくり、殺してやろう!

「幸せになってね、海乃」

「幸せになろうね、七恵」

 嗚呼、サイコーの花嫁じゃん!!

「キスしていい?」

 海乃が満開の花を散らして笑う。

「うん」

 唇を重ねて抱きしめる。

 私の10年……海乃を愛した10年が、今、咲き誇る。




 パチ、パチ、パチ、パチ……

 気の抜けた拍手が聞こえる。

「あり得ねえ……こいつらデキちまったよ」

 荒ぶる声に振り返ると、いつの間にやら乱入していた綾とミサオちゃんが、しゃがみこんでこちらを見据えて

いた。

 綾は呆れ顔でくわえタバコで、ミサオちゃんは感涙に咽び泣いていた。

 なんとも気まずい感じだったが、何より先に海乃が三つ指付いて頭を下げた。

「あーちゃん、ミサオちゃん、本当にありがとう。橘海乃は、のぶと七恵と幸せになります!」

 私も倣って頭を下げた。

「いいけどね、お前等が幸せならね」

 そう言いながらも綾は優しい顔して笑ってくれていた。……本当にありがとうだ。

「もう!良かったわよ!さあ、この辺でご飯にしましょうよ!戸川ちゃんに作って貰ったお弁当があるんだか

ら!」

 泣きながらミサオちゃんが折り詰めを翳した。

 そうだった!すっかり忘れてた。



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