小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 宴を始める事にした。

 のぶの作った料理など食べ飽きてはいるが、まさかこの面子で折りをつつく日が来るとは思わなかった。……

わざわざ今日作らせたのは、私だが。

 折りはそれぞれ、紫色の不織布で包んであったが、ひとつだけが赤い不織布で包んであった。当然、海乃の分

だろう。その小洒落た演出には虫酸が走るが、まあ許そう。

「のぶのお弁当?」

 海乃が凄く嬉しそうだから。

 蓋を開けると九つに分けられた升目に小さく纏まった、のぶ特製の懐石料理が詰められていた。

「ヤダ〜綺麗ねえ!戸川ちゃん一流じゃない!」

 ミサオちゃんが大感激ではしゃぐ。

 升目の中央には、手鞠に握ったゆかりご飯が詰められていたが、海乃の折りにはカードが乗せられていた。



『美味いだろ?ちゃんと全部食えよ!

 この先、七恵がいようと誰がいようと

 お前の飯は俺が作る!

 愛してるから嫁に来い!!』



 恥ずかしげも無く、そんなメッセージが書き込まれていた。……全く、いつの間に書いたんだか!

 ついでに、カードを外すとゆかりご飯がハート型に握られてて……寒気がした。何でこう、あのサルは無駄に

ロマンチストなんだろう。

 だけど海乃は笑っていた。照れて真っ赤な顔をして笑っていた。なのに、すぐに下を向いてポロポロと涙を溢

して泣き出した。

 私たち三人が同時に腰を上げた。

「どうしたの!?」

「……やっぱりわたしじゃダメかもしれない……こんなに想って貰えても、わたし何も出来ない娘だも

の……」

 ああああ……のぶがあんまりキザな事するから、また海乃はナーバス入っちゃったじゃんか……サルの自信過

剰にも困ったもんだわ。よしよし。

 私はもう、何の臆面もなく海乃を抱き寄せ言ってやる。

「私が居るじゃない。海乃に足りない所は私が全部カバー出来るよって、10年前から言ってるじゃない」

 海乃の身体が私の腕の中でピクリと震えた。

「……ああ、そっか……七恵が居てくれるんだ……」

「うん。私が居るよ」

 海乃の指が私の背中から腰に落とされてゆく……って、何してんの?

「わたしより何でも出来て、綺麗で健康な七恵が……」

 その時、綾が箸を置いて前のめりに身を寄せて睨んだ。

「おい、うーちゃん、てめえ何考えてる?」

「……あーちゃん、うるさい」

 海乃は綾を一瞥してから、私から身体を離して、でも極、近くで向き合う。もう泣いてはいない。

「七恵、わたしたち結婚するんだよね?三人で」

「え?……うん」

「ばか!やめろ、うーちゃん!」

 綾が止めに入る。……な、何?

「七恵にお願いがある」

 僅かに緊張感が走る……でも、海乃の願いなら何でも聞く。

「何?私に出来ることなら何でもするよ」

「よせ!言うな!!」

 綾が海乃に手を伸ばす……が。

「七恵、子供産んで」

 ………………は?

「ばかがー……」

 視界の端で、綾がそのまま仰向けに倒れる…………って……

「はあぁぁぁっ!?」

「お願い!七恵!!わたし、子供産めないもの」

 すがるような海乃の潤んだ瞳にはきゅう〜んとするが、いやちょっと待て!

「まままま待ってよ、海乃の気持ちは解るけど……うん、海乃の代わりの代理母くらい、いくらでもやるけ

ど……けど、それじゃ……」

 私の中では、終わったはずの無粋な想像がとぐろを巻く。

「めちゃくちゃ言ってるのはわかってるけど……」

「お前はいつでもめちゃくちゃだ!昔から、子供の頃からめちゃくちゃだ!」

 綾が叫ぶ。

「うるさい!あーちゃん!わたしたち夫婦の問題に口を挟まないで!」

 海乃が叫ぶ。

 見兼ねたミサオちゃんが、綾を宥めに入った。というか、今にも掴み合いでもしそうな綾を羽交い締めにし

た。

 海乃がもう一度私に向き合い、手を取った。

「七恵になら頼める」

 心臓ばかりが踊り出していた。私自身が結婚なんて思ってもみなかったのに、出産なんて尚更思いもしなかっ

た……でも、それより何より……

「だって……海乃わかってるの?それって、私がのぶの子供を産むって事だよ?」



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