小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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「ねえ、一緒に寝るの、凄く久しぶりよね」

 隣で海乃が言う。

 私たちは一組の布団に入って、天井を向いたまま並んで寝ていた。

 天井にラブホみたいな鏡は貼ってないけど、海乃の表情が全部見える。

 初めて、手を繋いで寝ていた。私の左手に握られた海乃の右手から、全部が伝わっている、伝えられてい

る。

 海乃と寝るのは勿論初めてではないけど……これだけ狭い布団に、密着して並んで入るのは初めてで……先ほ

どの綾の言葉ばかりが頭にこだまする!

 今までになく緊張してます!私!!



「わたし、帰ってもいいかな……」

 のぶの弁当をみんなで食べ終え、台所でコーヒーをドリップで落としていた海乃の後ろ姿が呟いた。

「うん。帰ろう。私、迎えに来たんだもの」

「でももう帰る家がないの」

 振り向かず、ヤカンの湯を細くぐるぐると円を描きながら、海乃は言う。

 料理センスは抜群に壊れている海乃だが、コーヒーは美味しく淹れる右手を持っている。

「家ならあるよ。たじま酒店の2階と、割烹とがわの3階と……ちょっと兄貴付きだけど、綾のスナックの2階

と、好きな所選んでいいよ。とりあえず初めは中野の戸川さん家のアパートに泊まる?……あああ!コーヒー零

れる!」

 慌てて後ろから海乃の右手に手を添えに行くと、涙に潤んだ瞳を向けた。

「……いつ?」

「明日の朝イチででも」

 声も漏らさず泣く海乃を包んでやると、身体を預けてその手を握った。

 明日、私たちは東京の下町に還るのだ。



「七恵、はみ出てる……やっぱり狭かったね、このお布団じゃ」

 身体を起こして布団を引っ張って肩に掛けてくれた。

「ミサオちゃんに、お布団借りて来るよ」

「え。大丈夫。そのかわり……」

 海乃の手首を取って引き寄せて、自分の上に身体を重ねて両手で抱きしめた。ぴたりと重なる海乃の体温が温

かい。緊張が解れてくる。ころりと横に倒して顔を見たら……もう恥ずかしくない。

「海乃が布団になって」

「うん……いいよ」

 微笑む海乃に歯止めが効かなくなる。

「キスしていい?……へんなことしないから」

「うん……いいよ……へんなことしても……」

 ホントだな?しちゃうからな……

 唇を重ねて奥まで舌を這わせてゆく。たどたどしく応える海乃が可愛い……口の中を舐めとりながら、相も変

わらず着込んだ、ずどーんとしたさも脱がしやすそうな丈の長いパジャマの前ボタンを外しにかかる。

「な……七恵」

 息を荒くして唇を離した海乃は、少しだけ困惑した面持ちで私を呼ぶ。

「何?のぶだってこんなキスしたでしょ?」

「……した」

「私じゃ、いや?」

 開いたパジャマの脇から裸の背中に腕を回して、身体を押し付けた。

「……いやじゃ、ない……」

 両手を伸ばして私を抱き留めたが、私はその返事を待たずに海乃の首に顔を埋めていた。指が触れる先から熱

を帯びる。

 閉じた膝の間に脚を割り入れ、腰まで手のひらを落とした時、海乃は「待って」とその手を止めた。

「……わたし……わたし……お腹……」

 海乃はお腹の傷を気にしている。性交障害があることも気に病んでいると、海乃を抱いた男たちは言ってい

た。

「うん、わかってるよ……傷、触らせて。海乃の事全部知りたいから」

 海乃は頷いて手をどかし、その手を私の首に回して抱きついた。

 海乃のお腹の、グイと凹んだ痕が指に触れた。可哀想に……どんなに傷ついたことだろう……

「……痛い?」

「ううん、痛くない……でも気持ち悪いでしょ?」

「ううん。大した傷じゃないじゃない」

 そのまま指を落として、下着の中まで這わせていく……

「……あ……っ」

 海乃が小さく声をあげた。

「怖い?」

「……怖い」

 ……もしかして、のぶもここまでヤッてなかったのかな……ごめん、のぶ!

「痛い?いやだ?」……止まんないけど……

 海乃は力を抜いて、私をキュッと抱きしめた。

「ううん……女の子の指は、優しい……」

 頭の芯までが熱くなった……!



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