小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>



「……な、なえ……」

 海乃が小さく声を漏らす度に頭の先から爪先まで痺れる。

 本当に愛してる人を抱くって、こんなに気持ちいいものなんだ……でももう、これきりでいい……

「海乃……愛してる……大丈夫だよ、大丈夫……」

 だから……



 ゴトッ……ガサガサガサ……



 ……調子よくコトに及んでるって時に……

「……七恵?」

 急に手を止めて壁を睨み付ける私を、不審に思ったのか、海乃が熱っぽい瞳を潤ませたまま声をかける。……

こんなに可愛いのにっ!

「シーッ……ちょっとだけごめんね、待ってて」

 私は枕元に置いていたオウム貝を、壁に向かって思いきり投げつけて叫んだ。

「てめーら!コソコソ盗み聞きしてんじゃねえ!!」

 壁の向こう側でバタバタと音が響く。

 ……言わずと知れた綾とミサオちゃんが、聞き耳を立てて壁にへばりついていたに違いない!……まったく!!

ジャマしやがって!

 腹の虫が治まらず、私は壁まで歩み寄り、したたか壁を蹴りあげた。

 壁の向こう側からバカ共が騒ぐ。

「ヤダもう、七恵ちゃんたら夜中に乱暴なんだから!……ちゃんと優しくしてるの!?」

「新婚初夜くらいビシッと決めろよ!」

 ……この、性別詐称者共が……!!ただのオヤジじゃないか!?

「その初夜に茶々入れてんのは、どこのどいつだ!?」ドゲン!

 もう一度壁を蹴る。

「ちょっとイイ声が聞こえたけど――ヤッたか!?七恵!!」

 嬉しそうに綾が、壁を小刻みに叩きながら言う。

「うるっせーっ!!こンの下劣な男共め!」

 壁を向こうでミサオちゃんが泣いた。……男扱いした事は明日謝るとして。

 静かになった壁に向けて、中指立てて声にならない心の声で、ご報告。

「ヤらせて頂きました!」

 ……いつぞやはご指導賜りありがとう、綾。

 気を取り直して、いそいそと海乃のもとへ戻る。

「ごめんね……大事な時に。続き……」

 覗き込んだ海乃は……眠っていた。私に乱されてあられもない姿のまま、すやすやと…………って、おい

っ!

 よくこの状況下で眠れるなあ!?

 寝ている海乃の唇にキスする……チュゥ……起きない。

 首筋にキスする……チュゥ……起きない。

 はだけた胸にキスする……チュパ……起きない。

 知ってたよ……一度眠ったら何しても起きないことくらい。

 薄明かりの中、お腹の傷を見た。……本当は大したことなくない……痛かったろう、辛かったろう……。

 だけど……これが海乃の命の代償なら、何でもない。



「のぶと七恵の方が、ずっとずっとわたしの命に近いわ!」



 私が海乃に「恋に落ちた」とその想いを覚えた時、海乃はそう言った。

 のぶと私は、あの日から海乃の命にいちばん近い所にいつも居たはずだった。

 あの日から……私たちは何も変わってなんか、いないのだ……

 そして私は小さくため息をついた。

 海乃の、中途半端にずり下げたパンツをきちんと履かせ、パジャマの前を合わせてボタンを止めた。

「……何も変わってないのよね、私も……」

 ……結局、最後までできなかった……

「海乃……海乃……」

 やっぱり読んでも起きない貴女を、私はよいしょと抱き抱えて、狭い布団にふたりで納まる。

 折れない程度にぎゅうっと抱きしめる。

 やっと……やっと、私の女。もう離さない。ずっとずっと一緒に居よう……

「あ」

 海乃を抱いて、眠りに就こうとしたその時、不意にのぶの事を思い出した。

「……電話とかするの忘れてた」

 きっとヤキモキして、ポケベルとか、掛けまくってたんだろうな……見てもないけど……。

 まあいいよね、明日行けば。

 どうせ、これからもう、ずっと一緒に居るんだから……

 ……先に、海乃いただいちゃって、ごめん!

 どうせ、これからもう、アンタのものでもあるから……いいよね?

 両手に溢れんばかりの花を抱いて、私は眠りに就いた。

 

-136-
Copyright ©魚庵(ととあん) All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える