小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>



 朝になって目を開けたら、海乃が私の腕の中からじっとこちらを見ていた。

「おはよう」と笑うが……私は恥ずかしくて恥ずかしくて、小さな身体を突き放してしまった。

 背を向けて両手で顔を覆っていると、上からのし掛かって来て「ねえ、わたしいつ寝た?」とか素で訊いて来

るから堪らない!

 アレをアレしてアノへんまでとか、言えるわけないじゃない!!

 そうやって、私が布団の中でモジモジしてると、ガチャガチャと鍵を開けて綾とミサオちゃんが上がり込む。

何で!?合鍵持ってんの!?

「よお!昨夜はバッチリ、ヤりまくったか!?」

 不必要に爽やかな綾に向かって、海乃は「うんっ!」とか元気に答える!!

 もう〜やめてーっ!!この天然娘!!



 海乃の私物は余りにも少なかった。大きめの旅行トランク1個分しかなくて、後の生活用品もミサオちゃんに

あげられる程度しかなかったので、支度は余りにも早く、簡単に終わってしまった。

 明日か明後日もう一度来て、不動産の立ち退き手続きをすれば事が足りる。

 ただもう一刻も早く、のぶの所に海乃を送り届けたかった。

 朝っぱらから綾の運転する白馬で、横浜を後にした。




 見慣れたのぶのアパート前に車を停めて、まずは私だけがのぶに話をつけに行く。海乃には、寒いから車で待

っていてと言ったのに、いたいけな強情娘は「外で待つ」と車を下りて、今にも雪が降りそうな空を愛しげに仰

ぐ。

 そんな姿を見ながら、海乃は本当に本当に本当に、のぶが好きなんだなと、今更ながらくすぐったい。

 足早にアパートの階段を上り、部屋の前に立った途端に中からドアが開いた。

「やっぱり七恵か。足音が荒々しいからすぐわかるわ!何だよ!昨夜は電話1本も寄越さないで!気になって寝

れなかったぞ!!……海乃は?」

「その前に……部屋に入れて。話があるから」

 言いながら、部屋に入りかけると「やだね」と拒否られた。

「はああぁあ?何言ってんのよ!?」

「お前の話はいつも強引で、そのままなし崩しに流されっからもう聞かねえ!」

 何だ、それ?ああ、つまり、結婚なんぞするか!って意志表示だな?当たり前だ!!と言いたいところだが……

残念だったな、戸川暢志!

「あっそ。じゃ先に言っとくわ。私、海乃と結婚するから」

 嫌でも食らいつくように、敢えて結論だけを述べてみた。

「はああぁああ!?何言ってやがんだよ!?七恵は俺と結婚すんじゃなかったのかよ!?」

「はああぁああ!?まだそんな寝ぼけた事信じてんの!?だって、のぶは誰と結婚したかったのよ!?て言うか、する

気よ!?」

「海乃」

 どキッパリ!……って、え!?

「……私は?」

「俺と結婚するっつったのはお前だろうが!そのお前が何で、海乃と結婚すんだよ!?」

 凄い剣幕でまくし立てられる。何で私が怒られてんの!?ここに来て、のぶの考えが読めないよ!

「だって……愛してるんだもん……」

「そんなのもう聞いたよ!……まあ正直、初めは驚いたけど、考えてみりゃ当然の事だし、逆に海乃だってお前

が好きだろうし……だから俺は『別れてくれ』って、早まった事言ったと思ったよ」

 ……意味がわかんないよ……

「何てツラしてんだよ?お前は何で俺と付き合ってたんだよ!?海乃とくっつける為だったんだろ?何だそりゃ!?

って思ったけどな、そうなんだよ。お前が海乃にべったりだったから、俺は海乃とも一緒に居られたんだ!だか

ら!!俺も同じだっつの!」

「……えーと……だから?」ごめん。さっぱりわからない……

「まだわかんねえの!?俺はアイツと絶対一緒になりてえの!!でも、逢った時フラれてんだよ!!俺は!!」

「それは海乃の勘違いで……私がのふを好きだと思って身を引いただけで……」

「それはわかってんだよ!だから『別れてくれ』って言ったんだろ!!だけどなあ、海乃はそれでも七恵と俺の事

は愛してくれんだよ!だったら!!七恵と居れば、もれなく海乃が付いてくるだろが!!だから!俺と別れん

な!……って言いたかったのに、何でお前が海乃と結婚すんだ!!海乃とお前とのダブル別れ話なんて、誰が聞く

か!!」

 あ……あれ!?

 私はのぶの下手くそな語りを順序立ててゆく。

 それって……要は一緒に居たいって事?結論は……同じ事になりそうな……?

 息を荒くして、今や泣き出しそうなのぶの頭を、何となく撫でていた。よしよし……

「海乃はね、のぶと結婚するって、言ってるよ。夫婦[めおと]になって一生一緒に居たいって……プロポーズ弁

当も全部食べたよ……わかってる?」

 のぶが、くりんくりんの目玉を更にくりくりとキラキラと光を放ちながら顔を上げた。



-137-
Copyright ©魚庵(ととあん) All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える