小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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「七恵の分だ!」

 手の中に受け留めたのは、青いビロード張りの指環ケース……

「もれなく海乃を付けてもらう為の賄賂込みの契約印だったんだけどな……ちょうどよく収まったな」

「のぶ……いいの?」

 胸が熱くなった。ボロリと目から何か落ちて来た。たぶん、鱗だと思う。

「七恵……お前、俺と何年一緒にいた?」

「生まれた時からだから……24年?」

 せかせかと靴を履きながら、のぶは笑う。

「だろ?24年も一緒に居たら、もう100年一緒に居るのも大して変わりないじゃないか!だから、よろしく

な!」

 指を二本立てて「じゃ!」とドアを開けて、私の幼馴染みは出て行く。

 私の目からは何枚もの鱗が零れる。バラバラと。キラキラと。

 開けっ放しのドアからバタバタと足音が走り去る。「海乃!!」のぶが呼ぶ声。ガタガタと階段を駆け下りる。

途中でガシャンと階段が揺れて……さては手すりを登って飛び降りたな?全くカッコつけしいなんだから!それ

でも海乃はきっと駆け寄る。いっぱいの笑顔に、いっぱいの涙で……きっとぎゅーって抱き合って、お互いを呑

み込むほどのキスしてる……私にもきっと繋がってるんだ、赤い糸……だって全部見えるもの。ふたりがちゃん

とちゃんと結ばれるところが。すりガラスみたいな零れる鱗のその向こうに……よかったね、よかったね……

 玄関先でへたり込んだ私の前に、いつの間にか綾がいた。見たことないくらい優しい顔して笑っていた。

「のぶに指環もらっちゃった」

「うん。よかったな。目から鱗剥がれてんぞ」

 綾の細長い指が鱗を弾く。

「くっついてる?ふたり」

「がっぷり抱き合ってチュウしてる」

「ふふふ。よかった」

 鱗を零しながら笑って見せた。

 綾が私を抱きしめる。きつく優しく、そっとぎゅっと……いちばん慣れたぬくもりで。

「よかったな……七恵。お前が頑張ってきた事、全部報われたな。よかったな」

 鱗が溶けて止まらない涙になった。

「ありがとう……綾がずっと見ていてくれたから……ずっと居てくれたから……」

「これからも居てやる……七恵の三番目でな」

「一番がちょっと増えただけで、綾は二番だよ、これからも」

「光栄だな。幸せにしてくれてありがとうな、七恵」

 頭を撫でられる。零れた鱗よりたくさんの、海水みたいな涙は止まらない。

「……愛してる……綾」

「やっと言ったか。知ってるけどな」

 じゃあ、ねえ知ってる?私には、愛すべき恋人たちが居るの。私を愛してくれるひとが居るの。それが何より

幸せなの。

 ねえ知ってた?私、初めて知ったのよ……幸せで幸せで……嬉しくて嬉しくて……そんな時にも涙って、零れ

るんだね……溢れるんだね……海の嵩ほど、貴女を想う気持ちの嵩ほど……!













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