小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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「うわ!きたねー部屋だなあ……」

 聞き慣れた声に振り返ると……のぶがいた。

 のぶにお持ち帰りはされなかったけど、橘がお持ち帰りしてきた!

「だから言ったじゃない。入ったら死ぬって!」

 部屋に来たのぶに一撃をかましてるてるのは小気味がいいが、橘も言うなあ……じゃ私は既にゾンビです

か!?

 のぶは橘を家まで送って来ただけだったのだが、橘ママに作りすぎた夕飯処理班に誘われたらしい。

 ……結局、のぶまで交えての夕飯か……憂鬱だな……仲睦まじい二人なんか見せつけられたら……



 と、不安に明け暮れていた私を余所に、二人の見えない糸は全く見えないものになっていた。

 私は何に対して涙を流したのか、忘れてしまっていた。



 夜にのぶを帰した。橘パパはのぶと一緒に『とがわ』に飲みに行った。……あの野郎、うまくパパに取り入

りやがった!

 橘の部屋で二人きりになると、橘は楽しそうに今日事を話した。

 専ら、映画の内容だったが、そのほとんどがのぶに教わったんだと、のぶをベタ褒めだった。

「好きなの?」

 そう訊きたいのをグッと堪えた。

 素直に「うん」と言われるのも「ううん」と嘘で返されるのも聞きたくなかった。



 橘はその夜の内に台本を書き上げた。

 読ませてもらったそれは、中学演劇には勿体ないくらい、上等な出来だった。

 でもしかし、明日これを提出したら、明後日から橘は家族で沖縄に旅行に行ってしまうのだ。

 知っていたけど、橘とのめくるめく蜜月のような日々に終止符が打たれるのかと思うと……いてもたっても

いられず、特別濃厚な羽交い締め内緒話を行使した。勢い余って耳にキスまでしたら、橘はまたエロい声を出

すので、もっと言わせたくて攻め続けて、とうとう号泣させてしまったが……まだ遊んでるうちに「きゃー」

と逃げ惑う橘は、何となく嬉しそうに見えるので、私はそれが嬉しくて堪らない。

 息を切らして布団に入り、最後の夜をまた語り合っていた。

「最後の夜なんて、大袈裟。じゃあ帰ったら、今度はわたしが七恵ちゃんの家に泊まってもいい?」

「きゃー!大歓迎!そうして!」

 布団の中で橘に抱きついた。起きてる橘に抱きついたら、橘は受け止めてくれた。……いいもんだ。

「橘、何が好き?苦手なものばかり聞いちゃったもんね、この間」

「わたし?んー……たくさんあるけど、玉ねぎ!」

 はあ?玉ねぎ?

「七恵ちゃんは?何が好き?」

 え!!

 急の質問返しにドキリとした……私が訊けない「好きなの?」を返された気がしていた。そうじゃないよ、

私は……

 …………おい、橘。問いかけておいて寝るな。落ちるな!

 また眠ってしまった橘の、あちこちをつついて完全に眠りに落ちてるのを確認して、前髪をかきあげ

る。……いつものように。

 今日はのぶに見られちゃった橘の顔だけど……今はまだ私のものだからね。

 橘の身体の下に腕を通して、橘を抱きしめる。

 ちゃんと私の腕の中に収まる橘の小さな身体。そんなに小さいわけでもないのに、私の中に収まるのは、き

っと私に無いものを橘が持っているからだ。私に欠けている隙間を埋めてくれているのは橘なんだ……

「私が好きなものはねぇ……橘だよ」

 橘を抱きしめたまま、私も目を閉じた。



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