旅行から帰った橘は……真っ白なままだった。沖縄旅行でこんなにも真っ白なまま帰って来るって、何をし
に沖縄に行ったんだ?泳いでないのか?遊んでないのか?水着姿の写真はないのかー!?
「だってわたし、5メートルしか泳げないもの。でも写真はあるよ!」
見せてくれた写真は……ウェットスーツ姿だった。海に入る前、足を開き片手は腰に片手でピースサインの
やる気満々の、相変わらず可愛いげのない写真だった。
「5メートルしか泳げないのにダイビングしたの?」
「ううん。シュノーケリング。やってみた」
「……出来たの?」
「ううん。溺れた♪あははー」
……笑ってるよ。
「違うの違うの。七恵ちゃんにプレゼントしたくて潜ったの」
何それ。その胸が締め付けられるようなそのビコーズトークは!
橘は帰りの足でそのまま来たのがありありの旅行鞄から、でっかいオレンジ色の縞のある貝殻を取り出し
た。
「はい。ハッピーバースデー!」
嘘!!確かに昨日は私の誕生日だった!知っててくれてるなんて思わなかっただけに、それはサイコーのサプ
ライズだ!
橘は家に帰って着替えてから、また旅行鞄を提げて家に来た。
「綺麗でしょう?オウム貝。七恵ちゃん、貝が好きって言ってたから」
……確かに、沖縄に行く前に、訊いといて寝たきりにした質問に、私は「貝」と答えたわ。でも、それは食
べる貝だ!
「つぶ貝とか、青柳とか、サザエとか……のぶの店でいつも食べてたからね」
……って言ったんだよ!!
「……ごめん。生きてるのがよかった?……中身食べちゃった」
「え!?食べれるのコレ?……って、コレ橘が潜って採ったの?」
それだけでジン……と来る。のに……
「ううん。溺れたから採れてない。食べたのもそのコじゃないヤツ。サザエみたいな味だった。それはお土産
屋で買ったの」
ことごとく夢をぶち破るヤツだなぁ。……そのズレっぷりが可愛いんだけど。
「でもね。そのコにはね、秘密があるのよ」
橘は指を立てて私に忍び寄った。
「わかった。海が隠れてるって言うんでしょ」
私はデカイその巻き貝を耳に当てた。
波の音と言うより、洞窟を抜ける風のような音がした。
「残念でした。コレはね、『王様の耳はロバの耳』の穴なの。あの、秘密を知ってしまった床屋さんが掘った
穴なの。……だからね、どんな真実も吸い込むのよ」
私はゴクリと唾を呑んだ。橘の目が――もちろん見えないけど、真剣(※真剣そう)だったから……
「でもね、オウム貝だから、いつかオウム返しに喋り出すかもしれないんだけど、その時はその吸い込んだ真
実を全部嘘にして流すの……」
真実[ほんとう]の事を、嘘にして……?
「……それ、本当?」
橘はゆっくり頷いてから……首を振る。
「ううん。嘘」
もう!こら、橘ーッ!本気にしたじゃないか!
転げ回って笑ってから、 橘を抱き止めた。
「ありがとう。大事にする」
「いいよ、しなくて。そんなの喜ぶと思ってないもの。それはネタだよ。でもいろんな物入るから便利だよ、
きっと」
何をしっとりネタバレしてんだよ。
「ネタかよ、おい」
「ネタだよ、はい。七恵ちゃんにはちゃんとバースデー贈るから、欲しい物言ってね」
私がのぶなら「お前が欲しい!」とか言っちゃうのにな。
だけど、私は橘の嘘話が気に入った。真実を嘘にしてくれるオウム貝……言えない事を言える穴。
大事にしよう……橘にもらった、初めてのプレゼントだから。
……ネタらしいけど……