小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 ゆっくりと唇を離したチャラピン(仮)が優しく微笑んで、乱れた髪を直してくれた。

「ごめんね。あの状況で仕方ないとは言え、初めてだったでしょ」

 あぁ、まぁ確かに初めてだったけど……考えてみたら、子供の頃はのぶとしょっちゅうキスしてた。チュッ

ていうのから、舌を絡めるようなディープキスまで、それこそ映画を見ながら二人で実験した。お互いして舌

を噛み合い、痛くて血みどろの喧嘩になった。結果としては、キスとはどんな痛みも許せる人としかしてはい

けないと、子供心に納得したのだった。……そう言えばのぶは、どんなにえげつないセックスをしても、唇に

はキスしないって聞いたことがあった。あの結論に対してのトラウマか?

 私の脳裏を、またあののぶと橘のキスが掠め取る……

 どんな痛みも許せる人なんだ……

 そして今、私は目の前にいる、恩人と呼ぶに至るかは謎だが、さっき遭って、何だか大事な所まで触らせち

ゃった人とキスした。いや、された。……いや、やっぱり、した。舌を出したのは私からだった。

「別に。キスは子供の時に幼馴染みとしたし、今のも嫌じゃなかった」

 でも痛みを許せる人かと言えば……それはわからない。

「さっきのデカイのとハデな女、この辺で最近アブナイ事やってるガキ共でさ……未成年の内なら捕まっても

罪が軽いからって、イッパシの悪事に足突っ込んだけどね……あの調子じゃそろそろ埋められんな」

「知ってます。アレ、うちの学校の先輩です。バスケ部の……私、今の事のぶに報せなきゃ……」

 チャラピン(仮)は立ち上がろうとした私の手を引いて、また元のソファに座らせた。

「まぁ待ちなよ制服ちゃん。あのコ等のお灸は手配してやんよ。……アンタ、GMの幼馴染みか」

「GM?」

「ゴールデンモンキー、黄金の猿だ。トガワノブユキのこの辺でのあだ名だよ」

 こんな所でものぶは有名人なのか……でも、黄金の猿って、似合い過ぎる!私は思わず吹き出した。

「そこ笑う所なんだ?黄金の猿って、幸運の神って意味だよ?ノブはこの辺じゃ奇跡のコドモ扱いなんだよ。

まぁ……女をハズさないないって事でだが……」

「何それ?サイテーじゃん」

「あの顔、あの器量、あのテクニック。ガキながらにあやかりたいね」

 どどどどどーしよーもない悪ガキなんじゃない!

「……それよかさぁ。制服ちゃん、今度は制服ナシで逢わない?」

 え?ドキッとした……

 この人は、のぶの事を「あやかりたい」と言うが、充分に魅力的な人だと思う。

「それって、デートですか?」

「それでもいいけど……この場合、制服ナシって言ったら、ホテルじゃん?ちゃんとしてあげる」

 セックスに興味があるわけでもないけど……もし今、また触れられたら私は「気持ちいい」と思うかもしれ

ない。

「名前……何て言うんですか?」

「ん?オレ?綾、ハザマリョウ。源氏名だけどね。制服ちゃんは?」

「タジマナナエ……」

「うん、覚えた。じゃあナナエちゃん、会いたくなったら電話して」

 チャラピン改め、綾さんは二枚の名刺をテーブルに並べた。

「どっちかにいるから」

 どちらも「間 綾」と記されてあったが、お店らしいその場所は、六本木と錦糸町だった。

「六本木はセンモンだから、時間も取りにくいけど錦糸町なら直ぐに行けるよ。ホテルもあるし、近いでし

ょ?」

 確かに近いけど……私、この人と付き合うの?

「センモン……て、何やってるんですか?」

「言ってなかった?所謂、ホスト」

 ……なんだ、やっぱり。この人も所詮、女を食い物に生きてる人じゃない。

「……綾さんて、いくつなんですか?」

「19」

 私は思わず立ち上がった。

「じゃまだ未成年じゃないですか!」

 また手を引いて座らされる。

「コッチの世界じゃ、ランドセル下ろしたら、もうオトナだよ。ノブみたいにね。だからオレもナナエちゃん

をオトナとして扱ってんだよ?」

 そう言って唇を重ねた。

 綾さんの唇は、柔らかくて優しい。


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