小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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「でも、ちゃんと自分の気持ちがわかってからでいいよ、その方が気も楽でしょ」

 この人は……私に何を求めて、こんな事を言うんだろう。

「……綾さん、私を好きですか?」

 綾さんは私を黙って見つめてから、ニヤリと笑う。

「そうだね。一目惚れかな、キミの心にね。この先でキミが悩むことに、オレはきっと理解者になれる。キミ

の味方になってあげられる」

 その言葉は、まだ何もわかっていないはずの私を救った。見えない未来への漠然とした不安の闇に、光が射

し込んだようだった。

「だから必ず電話して。約束だよ」

 彼はブラウスの開いた胸元に指を差し込み、ブラジャーをずらして胸の山の中腹に強く唇を押しあてた。

 ……ゾクッとした。

「約束の印」

 唇を離した所が、赤く痣になっていた。小さな花が咲いたようだった。

「これ……どうやったの?」

 綾さんは私の手を引いて、手の甲に口をあて吸い付いた。口を外すとそこに薄く同じような痣があった。

「吸えばいい。心と命を、愛を込めて吸い上げる……二、三日で消えるけどね。オレはキミの心をちょっとだ

けど吸わせてもらったからね、刻みつけておいて」

 私は頷いた。

「……こういう関係って……何て言うんですか?」

「セックスフレンド、じゃない?」

 ……セッ……!

 14歳で処女で……セフレが出来てしまった。

「もう電車ないし……送ってく?チャリだけど」

 私は首を振った。

「ひと駅だし、歩きます。あの……ありがとうございます」

 店を出て、綾さんは繁華街の外まで一緒に歩いてくれた。

「バスケ部のワル等は手を回しとくけどさ、用心だけはしといて。その、好きなコとナナエちゃんもね。あ

と、アイツ……バスケは上手いから、賭事にはすぐ3on3を持ち出す。反則だらけだけどね。とにかく、シュ

ートは外すなよ」

 綾さんとのセフレ契約騒動で忘れかけてた……大丈夫だろうか……

「大丈夫だよ。ノブはチャンスの神様に愛されてっから。ナナエちゃんはオレが愛してあげっから」

 ……セックスフレンドが何を言うんだ……

「それ、身体をって意味なんですよね?」

「うん、そうそう。あー……そうだ。これからいくらでも心も身体も気持ちよくはしてあげるけどね、処女喪

失だけは手伝えないんだわ……オレさ、こう見えても、女だから!じゃ、気を付けてね。電話待ってるよ、ハ

ニー」

 投げキッスして綾さんは手を振って行ってしまった。

 ……けど、りょ、綾さんが女!?だって、どう見たって男だし……力だって強かったし、背も高いし……

 でも……手と唇は柔らかかった……

 そして綾さんは私を一人の女として、約束をくれた……

 胸が……トクトクと早鳴るけど、これは綾さんへのトキメキではなくて……

 私はまた、綾さんと会うだろう……




 腕時計を見たら、もう深夜の2時を過ぎていた。

 どうしよう……心配してるよね……

 ああ!でも……のぶに伝えなきゃ……それから……それから橘にも……!

 ……会いたい……逢いたい……

 こんな時間だけど……どうにもならないけど……

 私は駆け出した。

 まっすぐに橘の家に向かったけど、橘の部屋の明かりは当然、消えていた。

 もう明日じゃないと会えないけど……それより私、閉め出されてたらどこに行こう……



 家の近くまで帰って来た時、家の前の外灯の下に二つの影を見つけた。

 近付いて行ったら……それは、橘とのぶだった。

 何がどうなって、家の前で逢い引きしてんかは知らないけど……そうじゃなくて、たぶんきっと私を心配し

て待っててくれたんだ!

 私は駆け寄った!

「橘……橘ーっ!」

 橘が振り返った。私の方に小走りに駆けてくる。

 橘に手が届く5秒前、あと一歩で抱きつけるまさにその時だった。

「七恵ーッ!」

 呼び声と共に……殴られた。グーで……

 私は「ゲフぅ!」と地面に叩きつけられた。

 ふ……ふつう殴るか!?花のような可憐女子が!!グーで!!


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