小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 ……おい……ちょっとこれは、ヤバいでしょう。

 ……と言うか……もう、これは、誰ですか!?

 私の前に、極上のジュリエットが居るんですけど!



 ちょっと前、放課後の学祭準備活動の前に、屋上でのぶと話をしてた。

 バスケ部の先輩が、のぶを悪いコトに使おうとしてる事。

 ……ま、「どこで仕入れたネタだ?」って訊かれて、さすがにちょっとアヤシイ居酒屋とか綾さんとのこと

とかは言えなかったけど。

 でものぶは、学校内で俺ごときにヤバい事はしないだろうと、タカをくくっていた。とりあえず、私には用

心しとけと言われたが、あの……海乃の心配はしなくていいのだろうか?のぶは、絶対辿り着かないからと豪

語していたが……まぁ守れる自信があるってことか。

 ……だけど、女友達をグーで殴り飛ばす、案外キケンな情熱家だぞ?

 ……てな話に興じてた所を、クラスの複数女子に拉致られた。

 彼女たちは学祭劇の衣装係で、海乃の衣装合わせをしていたのだった。ホラ、中身がちっちゃくなっちゃっ

たからね。

「ねぇねぇねぇねぇ!予想以上に出来ちゃったよ!本番まで男子に見せるの勿体無い!とにかく七恵、来て来

て」

 呼ばれて行ってドア開けて……私は死んでもいいやと思った。

 海乃はおでこ全開で結い絞られ、後ろ頭の高い位置から三つ編みをおろしていた。

「橘さん、可愛いねぇ。凄くお化粧栄えするし。顔出せばいいのに」

 だから出したくなかったんです。

「……どうしよう……七恵ちゃん」

 今更「ちゃん」付けかい。つか、何が「どうしよう」だ。私が「どうしよう」だ!

 ……なんで演出兼ロミオ役のヤスはおたふく風邪にかからなかったんだろう。のぶが不憫でならない。




 そう言えば……海乃を泣かせて以来、お互いを名前で呼び捨て合うようになって以来、私のイライラは治ま

った。

 ……またイライラする時はあるかもしれないけど、生理痛みたいなものだと思うことにする。




 だからと言うわけでもないが、いつも偶然とは言えコソコソと、のぶのちょっとした勇気を覗いてしまって

いたから、これからは堂々と覗くことにした。

 例えばね、ここ。体育倉庫裏は、どんな漫画でもドラマでも、不良たちが隠れてタバコを吸う場所としては

定番だ。

 どこぞのバカも利用している。火遊びと、秘遊び(或いは妃遊び?)に。



○シーン1 体育倉庫裏

 ひとり喫煙しながらライターを弄ぶ暢志。

 改造を施したライターは一度火をつけたら、20センチほどの火柱をあげ、ガスが切れるまで消せない。まる

でバーナーである。

 暢志はその炎をつけては、ライターを振って消し、またつけては消しと、まるで途方に暮れていた。

 愛しの海乃の世にも美しい変貌を見せられて、自分が馬でしか不甲斐なさを身に沁みて後悔していたに違い

ない。

 舞台本番を目前に、いたたまれず喫煙に来てしまった。

 何度目かに炎を上げた時だった。

「あぶないでしょう!」

 暢志が振り返った先には、ジュリエットがいた。

「……そんなライター売ってるの?放火用?見つかったら捕まるよ。しまってしまって」

 海乃は相変わらずズレていた。

「橘……だよな?顔初めて見たよ」

 嘘をつけ!知る限り、三度目だろう!?

「……みんなに言われた」

 ほんのチョンの間、二人は見つめ合う。というより暢志が一方的に見蕩れていた。

「もうすぐ始まるよ。みんな探してる」

「ああ……これ吸ったら……」

 海乃は眉を寄せて渋い顔をした。普段、顔を隠している分、変化する表情が面白い

「見つかって謹慎とか困るよ、馬が屠殺なんて……」

 間抜けなセリフだが海乃はマジである。

「じゃあ、共犯になってあげる」

 タバコを持つ手を持ち上げて、そのまま口にふくんだ。

 ひとくち吸い上げてから煙をくゆらせた。

「口紅ついてるから、戸川くんの吸い殻ってわかんないでしょ?」

 海乃はにっこり笑ったが、暢志にはそんな余裕はすでに、ない。


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