小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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「だから早く来……」

 その時、ちょうど二人の会話に挟まれるように、暢志を探す追手の声が響いた。

「おーい、どこだーのぶー……」

 つられるようにしたまま、海乃は続けた。

「……てね、のぶ…………あれ?ごめん。間違えちゃった」

 先日の、七恵行方不明事件の頓末と同じだ。

 はいっ!のぶ、そこでアクション!!

「橘!」

 暢志が海乃の腕を取った!海乃は小首を傾げる。

「あのさ……間違ってねぇから、それ。俺のこと『のぶ』って呼べよ、短いから」

 ブーッ!何それ。

 海乃は暢志の手を優しく外した。

「うん。そのうちね」

 海乃は踵を返し、立ち去ろうとしてスカートの裾をを踏んだので、スカート裾を膝丈までたくしあげて走り

去った。色気のないジュリエットである。

 暢志は手に残った、吸いかけの、しかも海乃が口をつけたそのタバコを、丁寧に地面に押し付けて消して砂

を払い、灰を払ってからポケットにしまった。

 うわ!何それ!どこの乙女チック野郎よ!?




「……おい、七恵。お前はさっきから何をブツブツ人の実況やってんだよ……」

 あらやだ、バレてた。

 私は倉庫の陰から出てきて、のぶの前で両手を合わせてお辞儀した。

「結構なお手前で」




 ずっと後になって見た、海乃の日記風少女小説には、

『名前で呼べだなんて、心臓が飛び出すかと思った。そんな風に呼べたら……すごく幸せ。』

 などと、書いてあった。

 あの時に呼んでおけば良かったのに……





 さて。本番はと言えば、凄かった。

 何がと言えば、まずジュリエットを演じているのが、全校生徒の誰にもわからなかった。

 ……全校生徒の内どれだけの人が、海乃を知っているかは知らないが。

 おまけに芝居経験ゼロの海乃の成りきりぶりの素晴らしさ!目を見張るものがあった。

 ……本当に本当に、海乃は嘘が上手い。格別に。

 既に本番を終わらせた私と、出番を済ませたのぶは、照明係と音響係と肩を並べた調光室から海乃を……い

や、4組の漫才劇を観ていた。

 そしてラストシーンで……とうとう海乃はやってくれた!

 仮死状態のジュリエットに駆け寄ったロミオ扮するヤスが、調子に乗って海乃にキスしようとしたのだ!

 私とのぶは同時に立ち上がったが、それより早くジュリエットが甦った。ロミオの腹に一発蹴りを入れて。

『人の寝込みにざけんじゃねえ!』

 で、自らを貫く予定の短剣でロミオを刺してしまった。……うっそでしょ!?それアリ!?

 ヤスも役者で、その演技を続ける。

『じゅ、ジュリエット、君を愛してい……ガクッ』

 その時、海乃はチラリとこちらに目を向けた。のぶはいきなり音響のミキサーをいじりだした。

 ジュリエットは悲鳴を上げ、あり得ないセリフを叫んだ。

『私……ロミオを殺してしまった!!』

 それは3組劇『XとYとZの悲劇』で私が言ったセリフだよ!

 のぶが「ここでコレだろ!!」と音を出す。



ジャーン、ジャーン、ジャァァァァァーン!!



 って、火サスのテーマ……これ、さっきうちの劇で使ったヤツ……

「俺、行ってくっから、お前、体育館のドア開けて」

 馬を被ってのぶが舞台へ向かう。

 舞台では絶望にうちひしがれているジュリエット。そこへ馬が跪く……

『姫、わたくしと逃げましょう!』

『良いのですか?私は犯罪者ですよ』

『構うものですか!共に殺戮の荊道を……!ボニー……』

『……クラウド』

 二人は寄り添い、共に空を指差して、

『俺たちに明日はない!!』

 何か見事にハモりましたよ!!

 そして馬はジュリエットを抱き抱えて、舞台から飛び降りた。花道を走って退場!

 私は待ち構えて扉を開けて閉じた。

 閉じたドアの向こうで大喝采が起こっていた。



 ……何だ!?これは。



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