小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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「何で橘が……」

 のぶは一瞬怯んだが、ゴールから遠い、3ポイントの位置からジャンプシュートを決めようと飛んだ時に、

鬼瓦がコート外に転がっていたサッカーボールを蹴った。ボールはのぶの腹を直撃し、のぶは膝をついて床に

下りた。投げたシュートは筋を逸れて、ゴールで跳ねて天井高く飛んだ。

「のぶ!!頭さげて!」

 海乃は叫ぶと走り、のぶの背中で踏み込んで飛んだ……が、伸ばした右手はボールに手が届くはずもなく、

海乃は高跳びするように背中を反らせながら落ちようとしたが、落ちてきたボールを掬い上げるように押し出

して……勢いよく落ちた!

 のぶは踏まれて潰れた体勢から瞬時に起き上がり、海乃に駆け寄った。

「橘!ばか!何してんだ!」

 抱き起こされた海乃は呻きながら「ダンク、したかったのに……イメージしたのに……」と言った。イメー

ジでダンク出来れば素晴らしい!

 その頃、鬼瓦たちは固唾を飲んでゴールを見ていた。 ゴールの輪の上をボールはゆっくりと廻り、輪の中に

落ちた!

「ナイシュー!海乃!!」

 私は思わず叫んだ!

「素人が……レイアップ……決めやがった」

 鬼瓦が分厚い唇を噛みしめた。

「2点先取!私たちの勝ちです」

 私はまだ捕まったままだったが、言い放った。

「何の話だ。2ゴール先取だ!この変な女交えて仕切り直しだ」

「それは汚ないですよ、ブタゴリラ先輩」

 鬼瓦を睨み返す海乃をのぶが制した。

「何でお前来たんだ!!頼むから大人しく逃げててくれ」

 海乃は立ち上がると、私とのぶを交互に見て、言った。

「決まってるじゃない。助けに来たんだよ」

 あっけらかんと言うけど、海乃……あんたホントに伝説の裏バンですか?

「じゃあ、仕切り直すか。今度は3対3だな」

「嫌ですよ。絶対反則されるのわかってて、セルフジャッジのゲームは出来ません。だから先輩とわたしの1

対1でこれで勝負しましょう!」

 海乃はずっと左手に握っていた網袋を差し出した。

「……何だ?これは」

「知らないんですか?だるま落としです」

 その場にいた、海乃を除く全員がわけのわからない動揺を覚えた。だってフツウこんなんで勝負はしない。



 だるま落としのルールは普通、下から順々に積木をハンマーで打ち出して、一番下までだるまを落とすもの

だが、海乃が提案したルールはサイコロを振って、出た目の数の積木を下から数えてそこを打つ、というもの

だった。途中でだるまを落としたら負け、先に2回負けた方がだるま共に奈落に落ちる。

 鬼瓦は初めはバカにしていたが、海乃が鬼瓦の勝利報酬に自分を差し出したモンだから、食らいついた。

 心中穏やかではない私やのぶの前で、海乃は

「自分を賭けた勝負には……負ける気がしないね!」

 ……などと、わけのわからない自信に満ちていた。

 勢い約束とは言え、海乃が勝てばのぶと私の自由を、鬼瓦が勝てば海乃の身柄の拘束ならば……のぶと私は

どっちにしろ解放される。そういう助け方ってアリか!?だって、海乃はだるま落としやった事ないんじゃない

のか!?

 私には勝てなかった海乃を、どうやって助けるかしか頭になかった。



 だるま落としなど、何年も遊んでないよ……恐らく、鬼瓦もそう思っていただろう。

 後ろ手を取られたままののぶと私には、見守るしかなかったけど……海乃は楽しそうだった。初めてとは思

えないほど正確に積木を抜いて、だるまを下へ下へと導く。

 ゴトン!と2度目に鬼瓦がだるまを落とした時、

「わたしの勝ち!」海乃は立ち上がってだるま落としのハンマーで鬼瓦の額を殴った!額は割れやすく出血し

やすい。うあー流血!どこのアブドラダさん!?

 鬼瓦の出血に怯んだ舎弟も殴りつけ、3人で逃げた!走った!

 案の定、足の遅い海乃に「橘スゲー!」とのぶが手を伸ばしていた。海乃が笑って伸ばした指が触れる前

に、海乃の身体は引き戻された。

「長すぎる髪は、命綱になるなぁ」

 血塗れの鬼瓦が海乃の髪を掴んで引き寄せていた。



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