小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 十二歳にして華麗なるモテ期デビューを果たしたのぶは、早くも寄って来る女の子を日替わりでお持ち帰り

しては、喰っちゃ寝喰っちゃ寝の毎日を過ごした。

 そんなのぶを私は子供らしく「不潔!」と思い、道ですれ違っても無視するようになった。

 男はそういうことに早くから無駄な体力を遣うから、馬鹿にしか育たないのだと、オトナになってから納得

した。

 一緒に過ごさない、けれどやたらと街では女連れで居るのを見かけた夏休みが終わったら、喰っちゃ寝三昧

の王子様は、金髪リーゼントに長ランのツッパリに変貌を遂げていた。

 そんなのぶを私は子供らしく今度は「不良!」と、道ではわざわざ避けて通り、顔を合わせればわざとそっ

ぽを向いたりした。

 でも、悪い仲間とワルっぽい格好をつけたところで、中身はたかが十二歳の中学一年生だ。凄めば凄むほ

ど、基がアイドル顔ののぶは甘いフェイスになって行く。私はそんなのぶが可笑しくてしかたなかった。

 気がついたらのぶは学校に来なくなっていた。本当に不良グループと付き合っていたんだと、それは少し心

配になっていた。

 ある日、のぶの家の前に知らない女の子が立っていた。「知らない」と言うのは、同じ小学校でもなく、の

ぶの取り巻きでもない、のぶに関して私が知るところの範疇外と言う意味だ。

 腰まで伸びた長い髪、三角形に広がった学生鞄、校則通りのスカート丈、切り揃えた前髪が目を隠れるほど

長くて、顔はよくわからないが……おおよそ、最近ののぶには似つかわしくない風貌だ。……あんな真面目そ

うな娘まで、のぶに夢中になるのか……あいつの周りは狂ってる!

 その娘はその後も何度か見かけたが、実は毎日迎えに行ってはひとりで登校していたらしい。

 一度だけ、うちの店にビールを買いに来たのぶを捕まえて、友達らしく説教したことがあった。が、

「女はもういい。今の俺は男の勲章を磨いてるだけだ」

 とか、どっかの歌の歌詞みたいなわけわかんないことをほざかれた。そしてうっかり十二歳のガキにビール

を売ってしまった、自分の親孝行さを悔やんだ。

 すぐに飽きるだろうと放っておいたら、早生まれで魚座ののぶが十三歳になる頃にはリーゼントをやめ

た。……早いな、おい。



 二年のクラス替えでのぶとは隣のクラスになった。

 男の勲章磨きをしている間に、のぶをめぐる同級生と上級生は飽きたのか喰い尽くされたのか、あまり私に

突っかかることはしなくなった。

 中間試験も終わった五月のある日、下校途中をのぶに待ち伏せされた。

「よぉ!ちょっと……但馬に訊きたいことあってさ……」

 のぶに「但馬」なんて、苗字で呼ばれたことなどなかったので、私の方がビビった。

 のぶの訊きたいことと言うのは、私の元にのぶ情報を訊きに来た娘の中に、同じクラスの「橘」という女子

がいなかったか、という内容だったが……同じクラスに居てわざわざ私に訊いては来ないだろう。だけど、の

ぶの方から女の子の事を訊いて来るなんて初めての事なので、面白くなってよくよく聞いてやろうと言う気に

なった。久しぶりに私の部屋に上げてやる事にした。

 橘という娘は知らないけど、私立の小学校から市立中学に進学した変わり種という噂は聞いたことがある。

イジメにあったとか、イジメをしたとか……どっちにしろ、顔は知らない。のぶのクラスなんだ。

 ふーん……。

 ちょっと楽しくなりそうな予感がした。



 久しぶりの「のぶちゃん」の来訪に、ママは喜んでケーキまで買って来て振る舞った。ママはのぶちゃんが

大好きなのだ。

「おばさん、ビール」と、のぶの限りなく本気に近い冗談に「まあ!ダメよ」と言いながらカクテルソーダ缶

を差し出すダメ女っぷりだ。

 そんな事より、のぶの話だ!

「別に、俺が好きんなったとかそんなんじゃないけど……ちょっと気になるって言うか……そいつ、俺の事、

気にしなさ過ぎるんだけど!」

 …………のぶ!人はそれを恋と言うんだよ!!


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