小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 のぶが誰を好きだって関係なかった。ただもう、のぶの初恋ってだけで、涙が出るほど可笑しくて、それを

たぶん私だけが知ってるっていう、この優越感が堪らなかった。モテ男と幼馴染みやっててよかった!ってこ

の時初めて思った。

 のぶの話をワクワクしながら聞いていた。この先こいつが赤くなって俯いちゃったりしたら、写真撮って

後々まで脅迫しようとまで考えていた。

 しかし……

 橘海乃は、一年の時からのぶと同じクラスに居たらしいが、のぶの近くに寄って来たことは一度もなく、い

つも教室で本を読んでいるらしい。

 あー!実にマンガなんかにありがちな、孤独を愛する物静かな文学美少女ってヤツ?そこにクラス一のヤン

キーが恋して……って、あまりにベタな設定に涙が出る。やっぱり可笑しくて。

 その橘が二年になってのぶの隣の席になったらしい。出席番号順に並べられた席だったから「たちばな」と

「とがわ」では近くになって当然だ。……惜しい!私が同じクラスだったら「たじま」は橘の前に座れて、滑

稽なのぶの一部始終を観察できたのに!!

「で?で?橘って可愛いの?今までの女子と比べ物にならないくらい?」

「知らねー。顔見たことねえ」

 何!?顔も見れないくらい照れちゃってるとか言わないでよねー!?と、はしゃいでいたら、いつも髪で顔を隠

していると言う。校則では肩より長い髪は結ばなくてはいけないはずだが、彼女は体育の授業の時以外はいつ

も髪をたらしたままらしい。

 よほどのブスか、はたまた美人か……それとも顔に火傷の痕があって……と、あらゆるパターンを連想して

みたが、私もいい加減マンガの読み過ぎだ。でものぶにしてみれば、彼女の顔に興味があるわけではなかっ

た。

 一年の終わりに学校も行かずにフラフラしていたらコンビニの前で、学校帰りの橘と出くわした事があっ

て、その時――蹴られたらしい。……その、文学的マル秘美少女(仮)に。

「戸川くん。いいかげん学校来てくれないかしら。クラス委員のわたしが怒られるんだから」

 夕陽を背にした逆光効果で、シルエットだけの橘に踏まれながら、のぶはトリ肌が立ったと語った。

「こいつはただ者じゃねぇ……どっかのグループの伝説の裏バンかもしれねぇ」

 ……なんて思うのぶもアタマ沸いちゃってるけど、そんな事があった彼女が隣の席でツンとして座っている

のが気が気じゃないらしい。

 確かにモテオーラ垂れ流しののぶになびくことなく、足蹴にできる女なんて珍しいかもしれない。

「……だから好きになっちゃったんだー」

「だからー、好きじゃねぇっての!……なんだー、ななちゃんも知らないのかー」

 急に「ななちゃん」なんて呼ばれて、ドキッとした。プクッと膨れた可愛らしい顔といい、いきなり子供時

代に戻らないでよね!

 もう、のぶちゃんの事を何でも知ってるななちゃんじゃないんだから。




 翌日の昼休み、私は早々に昼ごはんを済ませて、隣の教室に行った。

 のぶから聞いていた教室の真ん中の席で、橘海乃は本を読んでいた。でも読んでいる本はマンガだった。カ

バーも付けずに、見つかったら没収なのに……いい度胸だ。私立小のイジメ退学説や裏バン説は、もしかした

ら本当かもしれない……

 私は肝を据え、おもむろに橘の机の前にしゃがみこんだ。

「橘海乃さん、だよね?私、3組の但馬七恵」

 マンガから目を話して私を見たのは……いつだったかのぶの家の前に佇んでいた、あの真面目そうな娘だっ

た。やっぱり前髪が長くて顔が見えない。

「わたし、4組の橘海乃」

 うん。知ってるよ。今、確認したじゃない。……なんかボケた娘だな……

「橘さんに訊きたい事があるんだけど」

「うん、なあに?」

 半分しか見えない顔の、桜色の唇がにこりと笑った。

 ふわりと風が流れて、私は一瞬、意識が飛んだ気がした。

 ……あれ?何訊くんだっけ?ええっと……

「た、橘さんて伝説の裏番長なの!?」

 …………私、今、すっごいバカな事訊いたよね……!?


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