小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 突然、気づかされてしまった感情のせいで、海乃を見る事が出来なくなってしまっていた。

 海乃が顔を覗き込む。

 紅潮しているであろう顔を見られたくなくて、思わず抱きしめた。「七恵……」と呟かれて、止まってしま

うかと思っていた心臓は一気に加速する。

「お前ら……仲良いな」

 のぶがポツリと言った。

「のぶとも仲良いじゃない。海乃はのぶを助けに来てくれたんだよ?ねえ?」

 海乃は前髪を分けたままの顔で笑って頷いた。

 照れたのか、唇を噛みながら笑ったのぶが、たぶん冗談のつもりだったのだろう、海乃にさらりと言ったの

だ。

「ありがとな、橘……つか、あそこまでしてさ、お前、俺に惚れてんだろ」



「うん」



「…………え……!?」

 間髪入れずに海乃は花咲く笑顔で答えた。

「さ。学校、戻らなきゃ」

 海乃が歩き出す。のぶがその後をついて歩き出す。

 私は知っていた。わかっていた。前から。

 聞けばサラリと「好き」と答えるのも知っていた。

 一方的に私の目からは涙がこぼれる。

 そこから一歩も動けない。

 海乃とのぶが向かう先から、グラサンに黒スーツのチャラい男が、私に向かって歩いて来る。のぶとすれ違

った後に、低い位置で手を振っている……綾さんだ…

 私とすれ違うフリしながら囁いた。

「学校に警察呼んどいた。鬼瓦は捕まったよ。君たちは……完全な被害者になってるから、今は行かない方が

いいよ」

 私は、涙で歪んだ前を見据えたまま、通り過ぎようとする綾さんの手を掴んだ。綾さんが立ち止まる。

「私……、私……」

 綾さんが少しだけ身を屈めて、私の耳許に唇を寄せた。

「今はまだダメだよ。うーちゃんの傍に居てよ」

 弟の拓実と同じ呼び方だったから、それが海乃の事だとはわかった。

 掴んだ手をほどいて、綾さんが遠くなって行った。

 私は涙を拭って、ふたりの後に走ってついた。




 学校の前には、パトカーが来ていた。

 学祭は無事に終わったのか、無難に終わらされたのか、お客さんも生徒も居なかった。

 私たちは完全な被害者になっていると、綾さんは言っていた……

 のぶはボコボコに殴られてるし、海乃は髪が焼かれている――いや、これは本人の手で焼いたのだが……そ

うは見られない……

 ……だけど、海乃は鬼瓦の額をカチ割ってる!!

「……帰ろう……」

 同じ事を考えたのだろう、青ざめたのぶがグルリと学校に背を向けた。

 そうだ!明日は代休で学校は休みだ!被害者として、呼び出されてから学校でも警察でも行けばいい!

「海乃……今日泊まっていい?呼び出される前に、美容院行こうよ。可愛くカットしてもらおう」



 海乃の家では、橘パパとママが海乃のアタマを見て酷く心配した。無理もない。

 海乃が止めるのも聞かずに、私とのぶで平謝りに謝った。

 お宅のお嬢さんをキズモノにして……みないな。

 ……たぶんこの先、本当にキズモノにするであろう予告も込めて。



 お風呂上がりの海乃のアタマは、そりゃあ酷いモノだった。

 キレイにおかっぱになるような奇跡は起こらず、掴まれたのも全部じゃないのだから、ところどころに紐状

の長い髪が残り、焼きちぎった髪はバラバラの長さで、あっちこっちに跳ねていた。

 ……どれだけ反社会的な思想を歌うパンクバンドであろうと、コレだけの髪型は前衛的過ぎて真似てもくれ

ないだろう。

「髪が短いのって、洗うの楽ねえ」

 海乃は鼻唄まじりに言う。

「……でも、流しても流しても、チリチリしたのが無くならなかった。髪の毛って染色体と同じ?一ヶ所壊れ

ると全部おかしくなるのかな?わたしの髪、なくなるのかな」

 ……言ってる意味は解らないけど、無くならないとは思う。あれだけ燃やしたんだから、燃えカスも多いだ

けだよ。と慰めた。

 海乃が少し、遠くに見えて私は怖かった。


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