小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 海乃と居たかった。一分でも、一秒でも。私のいちばん近くに居て欲しかった。

 ……だけなのに。

 近くに居ると涙が出てくる。

 押し潰されそうに胸が苦しいのに、脈は速くて、私はゴールの見えないマラソンを走っているようだ。



 好きだと気づいても何も変わらないのに、愛している気持ちには嘘はつけないのに……私だけがわかってし

まった。理解してしまった。

 どんなにどんなに好きでも、海乃は私のものにはならない。

 海乃がのぶを好きだから……のぶも海乃を好きだから……だけど、そうじゃなくたって、海乃は私を好きに

はならない……

 どうしたって、この想いは報われないんだ。

 女が……女の子好きになったって、どうにもできないじゃないか。

『男はな、言っちまったら友達にもなれないんだよ!!』

 のぶは言っていた。

 ……ばっかじゃないの?友達になんて、いくらだってなれんじゃん。お前の友達の基準はどのへんだよ。 

……友達になれなくなるのは、女の方だ。

 ばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばか!!

 こんな想いに気づきたくなんかなかった!

 涙ばかりがこぼれるので、初めて海乃に背を向けて眠った……のに。

 どうして海乃はこんな時に、私の背中を止まり木にして寝てるの!?

 海乃の寝息が、パジャマを通して背中に温かく……ゾクゾクする……

「……って、ムカつくなぁ!もう」

 私は布団から飛び起きて、眠る海乃を見下ろした。 可愛くて愛しくて、見てるだけでまたボロボロと涙が

出る。

 メチャクチャにしたい……海乃を……

 そんなことを思ったのは初めてだったけど、のぶもそんな風に思ったりしてるんだろうか……

「海乃……起きて」

 私は海乃の身体を揺すった。いつもよりずっと激しく揺すった。だけど海乃は睫毛さえ動かない。

 跨がって上半身を抱き起こす。がくりと身を預ける海乃の背中を支え、顔にまとわりつく短い髪と前髪を払

いのけた。頬に触れ、茶色い眉毛と睫毛を指でなぞっても……海乃は目を覚まさない。

「海乃……ねえ、海乃ぉ……」

 両手でギュッと抱きしめる。私の目から溢れる涙が、海乃の桜色の頬を濡らしていた。

「ねえ……本当は起きてるんでしょう?海乃……目を開けてよ……私を、見て……!」

 海乃の両手がだらりと落ちた。……死んじゃってるみたいで、辛かった。

 私がそのまま手を離すと、海乃の身体はマリオネットのようにくたりとベッドの上に崩れた。スプリングが

小さく弛んだ。

「のぶになんて……やりたくない……」

 水色のストライプのパジャマのボタンを、嗚咽したまま外していった。

 狭く開いた白い胸の浅い谷間に顔を沈めた。


『髪なんかより、ずっと命に近いわ!』


 海乃の命を頂戴……私の命、あげるから……

 海乃の白い胸に赤い花を咲かせた。

 私が綾さんにもらった印を、私は海乃に刻みつけた。

「好きだよ……愛してる」




 朝、目を覚ますと隣に海乃が居なかった。慌てて身を起こしかけると、海乃はベッドの上にぺたりと座っ

て、パジャマから胸を覗き込んでは、手を入れて掻いていた。

 私は昨夜した事を思い出して、顔を背けた。

 ……やっぱ、起きてたのかな……どうしよう。

 でなきゃ、海乃が私より早く起きるはずが……

「七恵。蚊に刺された」

 全体的に四方八方に前衛を期した寝癖髪に、つられるように分かれた前髪から、潜めた眉と澱んだ表情の瞳

を覗かせて海乃は訴えていた。

「……え!?蚊?」

 海乃はぷちぷちとパジャマのボタンを外して、私の前に、その白くささやかな胸を開く。

「そうよ、見て!」

 うわーっ!見せんなー!

 私は焦って手のひらで顔を覆った。

 もぉおぉぉぉぉおぉーっ!!私がどんな気持ちで、どんな気持ちでボタン外したと思ってんだーっ!!

 そっと目を向けると、真っ赤な花が咲いていた。ボリボリ掻いたお陰で、余計に赤く大輪の花になってい

たけど。

「痒いの?」

「ううん」

 ぶっ!!

 私は吹き出した。昨夜の自分を思い出したら、笑いが止まらなくなった。笑いながら、昨夜の想いを思い出

して、涙が止まらなくなった。



 私の想いは届かない……



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