小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 ……ヒヨコだ。ヒヨコ……

 私の肩らへんにフワフワとヒヨコが漂っている……

 何かウズウズする……

 ……ほら、アレよ!お祭りの露店でわしゃわしゃ色つきのヒヨコが売られてる、アレって見てるとぐしゃぐ

しゃーってしたくならない?アレよ、アレ!

 ……ぐしゃぐしゃしたい……わしゃわしゃしたい……もう我慢できない!

 私はヒヨコに飛びついた!

「ひやあぁぁあぁぁ!!」

 ヒヨコがピー!と鳴いた。



 休みの午後イチ、サッパリスッパリ髪が短くなった海乃は、ヒヨコそのものだった。

 焼け焦げた部分を切り揃えていくと、嫌でも結構な短髪になってしまう。

 美容院で、パチリパチリと鋏を入れてゆく度に、海乃の印象は変わってゆく。

 垢抜けてゆく……というより、白っぽくなってゆく。

 最後に「前髪はどうします?」と、前髪をどっさり落としたら、まるで前髪しかないように見えた。

「……あ!」

 綾さんの言葉を不意に思い出した。


『のぶはチャンスの神様に愛されてるから』


 チャンスの神様には前髪しかないって、聞いたことがある。

 いつも目の前のあると安心してると、通りすぎた時にはもうチャンスは掴めないって。

 海乃がチャンスの神様なんじゃないの?

 ……のぶって、チャンスを掴んだ……よね?でも先に触れたのも、いちばん触れてるのは私なんだけど……

私には掴めないなぁ……チャンス……

「切っちゃってください。でも少し長めに。……慣れないから」

 いとも事も無し気に海乃は言ってのけた。

 思った矢先にチャンスは逃げた。……こんなモンです。

 結局前髪は、長さは軽く目にかかるくらいに長めだが、周りのヒヨコ丈に合わせてサイドに流れるように、

全体的に軽くなるようにカットしてもらった。

 ヒヨコみたいな海乃は可愛くて、目につく度にぐしゃぐしゃにしたくなる。



 ……という、それらしい理由で海乃に触れれば、私は満足。

 女の子同士だからという理由で、届かないなら、叶わないなら、報われないなら、それを最大限利用してや

る。




 翌日からの学校は、とんだセンセーションだった。

 物静かな文学少女がつい先日、じゃじゃ馬ジュリエットに変貌したかと思えば……ヒヨコになって生まれ変

わるんだから、周りはちょっとついて行けない。他のクラスの人なんかは、もう学祭のジュリエットを演った

のかは永久に謎になっただろう……当然よね。誰も知らないはずだもの。裏門の大活劇なんて。



 学校での海乃の席は廊下側のいちばん前。

 休み時間になれば誰より早く隣のクラスのお目当てに会える。

 私がドアから顔を出せば、海乃はニコニコして迎えてくれる。

 ……で、私が4組に行くと、決まってのぶがチョロチョロと来る。席替えで、窓際最後列と見事に対角線の

位置まで遠く離れてしまったお陰で、海乃にちょっかいが出せなくなったのだ。だから私を見る度、アレ貸せ

とか、飯食いに来いとか、回覧板持って行くだとか、どうでもいい用事を伝えに海乃の傍まで来るのだ。なの

に海乃の事は何となく避ける。話しかけてもらうのを待っているようで痛々しい。なるほどな……男子の恋と

はめんどくさいモンだ。ざまあみろ。

「そう言えばさ、橘に話があるんだ」

 のぶが何故か私を見ながら言った。

「うん、なあに?戸川くん」

 ……ヘンな間が漂った。

 呼び出したいのぶと、その場で話を聞こうとする海乃の微妙な意図のすれ違いがあった。

「……また俺『戸川』に戻ってんだな……」

 あぁ、そう言えば一昨日は実にナチュラルに『のぶ』だったのにね。

「うん、みんながそう呼んでたから間違えちゃった。で?」

「…………秋刀魚がな、入ったから。って、おじさんに言っといて」

 のぶは正真正銘のバカだ!

 でも。こいつがバカで私は助かる。

 流石に目の前で話に託けて告白してまとまられたら、私は死ぬ。……かな。


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