小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 綾さんの目が、思い出すように目尻を緩めた。

「うーちゃんてさ、自分がフツウじゃないことを解って、愛されようとする事を放棄してるんだ……だからい

つも全力で愛情をぶつけてる。わがままで無鉄砲。だけど……あんなに真っ直ぐな想いには誰も敵わないよ」

「……それは私に、海乃を諦めろって事ですか?私は……愛されたいって思ってるから?」

「違うよ。守ってやってね、うーちゃんのこと。ウサギって寂しいと死んじゃうだろ?」

 綾さんは私と目を合わすことをしなかった。だから私が綾さんの前に立った。

「……綾さん、海乃を好きなんですね?だから私と寝たりしたんですね?」

 綾さんはゆっくり私を見ると、立ち上がって抱き寄せた。

「違うよ。俺が好きなのは、七恵だよ」

 ここにも嘘つきがいる……

「七恵の好きな娘がうーちゃんだって知ったのは、学祭の後だ。もうずいぶんと会ってなかったし……もしか

して、妬いてる?うーちゃんに悪いコトはしてないよ」

「妬いてはないけど……悪いコトなの?」

 微妙な間があった。

「七恵……お前、うーちゃんとシたいんだろ……」

 顔が一気に火照った。

 枕に布団にクッションにあらゆる物を投げつけた。

 笑いながら、綾さんは「七恵、可愛い」と言った。



 好きとかではないけど、私はこの人を信頼しているみたいだ。

 綾さんに「私、オンナになっちゃったの?」と訊いたら、優しく笑って「おめでとう」と言った。改めて、

綾さんて美人だと思った。男の格好なんて、もったいないと思ったけど……それは、失礼なのかな。



 家に帰ったら……私の部屋に海乃とのぶと弟の拓実が人生ゲームをやっていた。……何で?

「俺が橘に借りてたノート返しに行ったら、」

「お母さんがロールケーキ焼いたからどうぞって、戸川くんをあげようとするから、」

「あんな汚ない部屋じゃケーキも不味くなるから、」

「なあに、それ酷い!」

「ケーキごと拉致ってきたよ。制服と鞄込みで」

「ななちゃん、うーちゃんゲーム下手だよー」

 みんなで仲良く説明してくれた。

 拓実が「うーちゃん」と海乃を呼ぶ度、綾さんと海乃の過去を考えてしまって、胸がズキズキしてくる。 

訊きたいけど、訊けない。海乃が綾さんを嫌いだ言うのは救いだが……海乃が人を毛嫌いする所など想像出来

ないだけに、悪いコトしたとしか思えない。でも悪いコトはしてないって言ってたし、なら……何した?

 自分の身体が初めての事に、ピリピリしてる時に、とても今日は泊まってゆくであろう海乃には、触れたく

なかった。……何をするかわからないって自信がありすぎた。

 それはそうと……のぶが馴れ馴れし過ぎる。ベタベタと海乃にまとわりついて……友達ぶって、自分には下

心なんてありませんて顔して。

 ムカつく!それは……私の位置だ!

「ななちゃん、今日うーちゃんと寝たらだめ?いっつもななちゃん、うーちゃんだっこして寝てるの、ぼく、

いいなあって思ってたんだよぉ」

 げ!拓実、何て事を言い出すんだ!でも、まあいい。今日は……敢えて譲ろう。

「いいなあ、拓実は。今度は俺も交ぜてみんなで寝ようなあ」

「うん。のぶちゃんもね!」

 いや、それはないから!拓実!



 のぶを帰してから、部屋に布団を敷いて、海乃と拓実は枕を並べて寝ていた。

「うーちゃん、いい匂いする」

 拓実が海乃の胸に顔を埋めていた。……子供はいいなあ。

 程なくして拓実が寝息を立て始めた。

「小さい弟って、可愛い。わたし、一人っ子だから……」

 布団に寝たまま、拓実の髪を撫でながら海乃が独り言のように呟いた。

「小さすぎるわよ!弟なら、のぶの方がそれっぽいかな」

「……戸川……くん?」

 たった一言、のぶの名前が出ただけで……何故だろう、空気が変わってしまった。

「……ねえ、海乃?」

「なあに?」

 ……やめなよ、私。訊いて何になる。傷つくのは私だけなのに……



「のぶのこと……好き?」



「うん」



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