小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 ドスッ!!

 グサグサグサグサグサグサグサグサグサッ!!

 天井から放たれた、千本の矢が私を貫いた。

 予想はしていたけど……予想以上のダメージだった。

 痛すぎて、痛すぎて……涙も出ないや。

「……言わないの?のぶに、つきあってって……」

「だって、戸川くんモテるじゃない」

「そうだけど……海乃なら……」

 何で……私は取り持とうとしてるんだろう……

「戸川くんは戸川くんの好きな娘と付き合うのがいちばんじゃない」

「だから……!」

 私は思わず身を起こした。

 海乃が顔だけこちらを向けて微笑んだ。

「七恵もよ?好きな人がいたら、付き合ったらいいと思うの」

 ばか……!それが叶うならこんな事訊くか!

 だけど……私から、のぶが好きなのは海乃だって事は、言えなかった……言いたくなかった。

「わたしは……付き合うって、よくわからないし……戸川くんが元気な事が嬉しいだけだから……それに最近

は仲良くさせてもらってるし……七恵のお陰よね、毎日楽しいの。ありがとう」

 そう言って屈託なく笑う海乃に、胸が詰まる思いがした。

 海乃はのぶの存在が好きなのだ……自分がどう想わるかとか、両想いになった先の事なんて考えようともし

てない。受け身に想われたい感情の全部を相手に注いでるんだ。

 ……綾さんが言っていたのはこれだ……私や、のぶや、他のコたちとは決定的にそこが違うんだ……ほんの

少ない言葉から、海乃の気持ちが流れ込む。全部……全部だ。

「海乃……ちょっとだけ、こっち来れる?」

「無理。たっくんがパジャマ握りしめてる」

「じゃあパジャマを脱ぎ捨てて来て」とは勿論言えないから、私が海乃の枕元まで行った。

 布団に仰向けに寝る海乃を見下ろしていたら、海乃が笑顔で両手を伸ばして来たので……そのまま覆い被さ

るように抱きしめた。

「ねぇ、海乃……のぶと……」

 言いかけたところで、耳元で海乃がクスリと笑った。

「あ……エタニティだ……七恵、年上の彼氏出来たの?」

 何の事かと思ったけど、綾さんの香水の移り香だと気付いて「うん」と答えた。




 翌日、綾さんの店に電話した。六本木の方だったから「ごめん」とか言われたが、そんな事はどうでもい

い!

「ねえ香水、何つけてる?」

『え?エタニティだけど?』

「カッコつけてんじゃねぇよバカー!」

 一言で切ってやった。

 その、よく知らない香水のせいで、私は海乃に余計な嘘をついてしまったのだから。




 それ以後も、のぶは馴れ馴れしく毎日のように、海乃と私の間に入って来た。

 勝手に抱きつくし、勝手に手を取って連れ出したり、休みの日は私も一緒ではあるが、何故か気付けば隣に

居る……周りから見たら、カップル以外の何者でもなかったが、時々のぶをつついてみても「やっぱり友達が

いちばんじゃん」とか、マジで答えるので私の方がやきもちしてきた。

 それでも平穏な友情生活を育んでいたが、クリスマスを前に、ある1年生がのぶに猛烈なアプローチを挑ん

で来た。

「のぶ先輩付き合ってください。アタシを彼女にしてください!」

 全体朝礼直後に、全校生徒を前に告白をかました娘は、小学生からモデルもしていた校内でも人気の可愛い

女子だった。

「俺、誰かと付き合う気ないから」

 のぶは一喝したが彼女は、食い下がった。

「じゃあ冬休みの間、デートだけしてください」

 事もあろうに、のぶは「いいよ」と答えた。

 クリスマスも年越しもお正月も、私は海乃と二人で過ごした。

 いつもと変わらない笑顔の海乃だったけど、ずっとまとわりついてた小猿が居ない事には、やっぱり寂しか

ったんだと思う。時折、傾げた小首がいつまでも戻らない時があったから。

 そして3学期、のぶは学校に来なくなった。



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