小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 学校ではまた、のぶは噂の中心にされていた。

 戸川暢志は、あの1年と付き合っていて、毎日彼女の家に泊まっているという、新しいサル伝説だった。

 のぶが学校に来ない間に4組では席替えがあり、アミダくじの運命に従って海乃とのぶの席は、教室の中央

列の前後になった。だけど海乃はすぐ前の空席を眺めながら、一月を過ごしていた。

 海乃は変わらなかった。のぶは好きな娘と一緒に居るのだと、それを喜ばしいしい事のように、友達として

嬉々として、のぶに貸すためのノートを書き綴っていた。

 私ひとりが、のぶの気持ちを信じたくて連絡をひたすら待っていた。



 二月を迎えたある日、帰ったら家にのぶがいた。

「よお!」とか片手を上げたのぶに、私は回し蹴りを食らわした。

 のぶは「匿ってくれ」と言った。

 結局のところ、一方的に魅入られて、一度きりのデートのつもりが毎日の送り迎えに、年越し以降は、彼女

の家に監禁状態って……どういう女だよ!?

 どうにか家には帰ったらしいが、お店の方から我が物顔で家宅侵入してくるから、ついには家まで逃げ出し

たらしい。

 海乃にも知らせようとしたら、のぶの方から

「悪い!それだけは勘弁」と懇願されたので、海乃には黙っていた。

 たぶん、のぶは去年みたいなロクでもない愛情をばらまいて来たに違いない。海乃に会えないのぶに、私は

またひとり胸を撫で下ろしていた。



 のぶが改めて学校に行き出したのは、バレンタイン目前の木曜日で、遅ればせながらにも、海乃の前の席を

喜んで、授業は常に後ろを向いて受けていたらしい。

 放課後になると放送室にたて込んで、例の1年の娘を名指しで「俺をオモチャにしてんじゃねえ!!」と、彼

女に恥をかかすような形ではあったが、告白を受けた時と同様に全校生徒の知るところで、キッパリと彼女を

フッたのだ。あれは気分が良かった。

 ただ、それで終われば、本当に良かった。



 海乃がその1年の娘に呼び出されたのは、翌日の昼休みだった。

 既に教室から姿を消していたので、私は学校中を探した。

 のぶも居なかったが、1年の彼女の報復が恐かったのか、先に自主早退していた。それでたぶん、彼女は海

乃に目をつけたのだ。

 生徒公認の秘密基地である屋上から見下ろして、鬼瓦の一件から厳重立ち入り禁止地区となった旧体育館の

前に居る二人を見つけた時には、既に予鈴が鳴っていたが、私は一路、曰く付きのその場所に向かった。



「学祭のジュリエットって……橘先輩だったんですってね?アレでのぶ先輩の彼女面してるみたいですけ

ど……暢志、彼女居ないって言ってましたよ。なのに毎日ベタベタして、図々しいじゃないですか?」

 バカデカイ、それこそ彼女面した女の高い声が響いていた。何が「暢志」だ!!

「あなたが戸川くんの彼女なんでしょう?」

 おっとりと海乃の声が答えている。そこで「わたしが彼女だ」くらい言えよーッ!

「……そうよ!昨日、別れたけどね。でもね、アタシ……初めてだったんだけど、暢志すごく優しくしてくれ

たの……スタイルいいねって……」

「おい、1年!!何やってんだよ!昨日フラレたのはお前だろ?」

 とても間に合ったとは言えないタイミングだったが、コイツは海乃の強さを知らない。そんな事くらいで海

乃は動じたりしない。だけど、海乃を傷つけようとする人は私は許さない!

「但馬先輩……暢志の幼馴染みだそうですが、先輩も暢志狙いですか?」

 私が早足で近付くと、彼女は海乃のブレザーの袷から両手を入れて胸を撫でた。

「……いやっ」

 海乃が自分の両腕を抱いてその場にしゃがみこんだ。

「あっはは……!体育の授業見てて思ってたんだけど、橘先輩って全然胸小さいのね!子供みたい!あはは

っ!……心配して損した」

 私はソイツの頬を思いきり叩いた。赤く腫れた頬を押さえて涙目になっていたが、容赦しなかった。

「どっか行きやがれ!!二度と近寄んな!!」

 彼女が走って逃げた後、



 海乃は壊れた。



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