小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 しゃがみこんだ海乃は自分の身体を抱いたまま、ガタガタと震えていた。

 どんな時も毅然としていた海乃が、目の前で真っ青になって震えている……海乃の中の何かが壊れていた。

「海乃……海乃!?」

 私が抱きしめると、海乃は声を殺すようにして泣き出した。私の腕にすがるように、いつまでも泣き続け

た。



 終礼のチャイムが鳴るまで海乃は泣き続け、一言「帰る」と立ち上がった。

 私は鞄を取って来ると海乃を待たせたが、戻った時には居なかった。

 帰り道のどこにも海乃の姿がなかったので、きっと本屋だろうと商店街を訪ね歩いたら、スーパーで買い物

カゴいっぱいにチョコレートを放り込んでる海乃を見つけた。あまりの奇行ぶりに、万引きでもするんじゃな

いかと止めに入ったら、海乃は私を見て涙をこぼして言った。

「明日はバレンタインだからチョコレートを作るの。それで戸川くんに告白するの……わたしが、彼女にな

る」

 何が海乃にそんな気を起こさせたのか……あの1年のせいなのはわかるけど、今にも崩れそうな海乃に私

は、頷きながら手を貸してやることしか出来ない。とりあえず、一個のチョコレートを作るのにこんな大量に

は要らないからと、カゴのチョコを棚に戻して行った。

 手作りチョコレートの材料を一式買って帰ってきたのに「作り方がわからない」と泣くので、私は家からバ

レンタイン特集の『セブンティーン』を持って海乃の家に行った。

 キッチンで泣きながらチョコレートを溶かしている海乃に、さすがの橘ママも心配していたので今日あった

事を話した。

「ごめんね、七恵ちゃん。あの子の好きにさせてあげてくれる?」

 海乃には壊れるだけの何かがあるのだ。

 手伝おうにも一切手を出させないで、海乃は黙々とチョコレートを作っていた。

 ……が、チョコレートを溶かして型に流し込むだけなのに、何故、ここまで芸術的にいびつで見るからに不

味そうなモノになるのか、不思議だった。料理のセンスが皆無な人間て、存在するんだね……たぶん、コレで

好きなカレのハートを射止めるのは、のぶじゃなかったら無理だろう。

 目の周りの赤く腫らした海乃は、目までが赤く見えて、綾さんが「ウサギみたいだから『うーちゃん』」と

言っていたのが頷けた。同時に、やっぱり海乃を泣かせて来たのかと、イラッと来ていた。

 プレゼント包装した小さな箱を鞄に落として、眠りにつく。

 今日の海乃は、眠る前から私の胸に顔を埋めて、私を抱きしめて寝ようとするから、私が全く眠れない!

「ほんとよね……七恵はおっぱいデカイ……」

 ポツリと言って眠りに落ちる。

 ……大バカ者め……そのあったかい寝息を人の胸にかけてんじゃないよ!私の身体が反応しちゃう!

 でも……あの1年に胸を触られてこんなに壊れちゃうほど、海乃は自分の胸にコンプレックスを抱いていた

のだろうか……確かに見て触った(寝てる間にだが)海乃の胸は小さいし、まっ平らだったけど……まだまだこ

れから育つんじゃないの?そうだよ、のぶにデカくしてもらえばいい!

 どんなコンプレックスでも、それで海乃が誰かを欲する事を覚えたのなら、それは素敵な成長じゃん。

 ……そうっか……海乃は明日、のぶのものになっちゃうんだ……

 私は自分のパジャマのボタンをお腹の位置まど外して、裸の胸に海乃の頬を抱きしめた。

 これくらい、いいよね……

 好きな人を素肌で感じるのって、気持ちいい……

 綾さんだって、のぶだって、きっと知ってる事だよね。

 ヒヨコから伸びてきた、おかっぱの黒髪を撫でながら、私は失恋の為の心の準備を進めていた。


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