小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 バレンタインデーは唯一、女子から男子に告白を許されたアニバーサリー!……なんて言い伝えが、昔はあ

ったとか。

 学校一、手荷物が多くなる猿は、朝から放課後まで一貫して屋上で過ごしていた。

 確か去年は、保健室で保健教師といたしていたらしいが、今年は年貢の納め時だ!



「ねえ……だからさ、海乃、なんで私があんたの告白を見届けなくちゃならないのよ!」

 屋上のドアの前までついてきて、更に見ててくれは、ないんじゃないの?

「だって……初めてだから間違えたら困る……」

「誰が!?」

「……戸川くん……」

 何なの!?それは!?

 この女はそんなに私に、失恋させたいのか!!ああ、わかった!もう、わかった!惚れた私の負けなのよ!私

の涙を礎に幸せの階段を上るがいいさ!!

「じゃさ海乃、ひとつ間違えから始めて欲しいのよ」

「やだよ!」

「大丈夫だから!のね、『のぶ』って呼んであげな」

 今までだって、テンション上がるとポロポロ出てるんだから……ちゃんと呼んであげれば必ずスイッチにな

るから……ヤバい。私が泣きそうだ。

 ドアを開けて背中を押した。



「……とが……の、の、のぶ…………くん」

 煩そうにのぶが振り向いた。海乃の顔を見てパッと明るい顔になる。

「橘!お前、今『のぶ』って呼んだろ?……サンキュ」

 のぶがはにかんだ……キモッ!

 それからのぶは海乃に近付くと、いきなり顎を掴んで顔を寄せた!そこだ!行けっ!!思いながらも私は涙目

だが。

「お前、どうした?目が真っ赤だぞ!?……ウサギみたいだぞ」

 その言葉を弾くように海乃は顔を背けると、手に握られた小さな箱を差し出した。

「……のぶ……に……」

 箱を手に取ったのぶは、それが何かすぐわかったようだ。

「チョコ!!マジ!?俺に?スゲー嬉しい!」

 満面の笑みで海乃に抱きついた。……尤も、今では当たり前のフレンドリーハグ!……のつもりだ。

 ただ……今日の海乃はガチガチに固まっていた。

「あの……あのね、のぶ……」

「ん?何?」

 ハグ状態のまま、ごきげんな精神状態でのぶは訊いた。

「わたし……のぶが好き。いちばん近くに居たいよ……だから、つきあって欲しい……」

 海乃がふりしぼった勇気に、涙をこぼしたのは私だった。海乃に「でかした!」って誉めてやりたいの

に……なのに……

 なのに!のぶは、海乃を抱きしめながら言いやがった!

「……お前まで、そんなこと言うなよ……俺は、橘が大事だからさ……」

 身体を話して海乃の目を見て笑顔で

「友達でいいじゃん!」


 ……何でだよっ!!


 私は飛び出して行きたがったが、それより早く……

 海乃がのぶを突き飛ばした。のぶの手から箱を奪い戻したかと思うと、金網をよじ登ってチョコレートを外

へ放り出した。

「ばか!お前、何すんだよ!!」

 金網にへばりついたのぶを飛び越して、海乃は泣いていた。ただ涙だけを流して……

「……そうよね……わかってた。初めから。のぶはわたしを女としてなんか見てないの……子供相手のお遊び

なのよ、どうせ……」

 ドアの前でもう一度振り返っての捨て台詞は、

「友達だもんね……この、腐れうんこ!!」

 それがいちばん子供っぽかったが……

 乱暴にドアを閉めた後に「ありがとう、七恵」と微笑んだ海乃が悲しくて、二人でダラダラと涙を流しなが

ら手を繋いで帰った。

 校舎を離れた時、遠く響いた「触るな!」というのぶの声に振り返った。海乃が投げ捨てたチョコレート

を、野球部の誰かさんが拾おうと手を伸ばしたところを追い払って、大事そうに拾っているのぶを見た。それ

が少しの救いだった。

「海乃、ケンタッキー買って帰ろう」

 土曜日の放課後は、黙って頷いた海乃と一緒に鶏肉ランチで食い尽くすことに決めた。



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