小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 何訊いてるんだろ…… そんなこと、例え本当でも言えるわけないでしょう!?

 だけど彼女は何の躊躇もなく、答えた。

「ううん。わたし、生意気に見られるから誤解されるけど、裏番長はないわ」

「でも……のぶを……あの、隣の席の戸川だけどさ、蹴り倒して脅した……って……」

 この際だから、核心をついていこう!彼女ならたぶん、本当の事だけを言うだろう。

「ああ……あれね、ウンコ座りで戸川くんが吐き捨てたタバコ、火が点いたままだったから踏もうとして、狙

い定めて足上げたら……戸川くん、立ち上がろうとしたんだと思う。ちょうど足の前に出てきたから……その

まま踏んづけちゃった。せっかくだから、火を消すつもりで……グリッと……」

 如実に想像出来てしまった。だけどタバコを踏むのに、足上げて狙い定める必要は全くないような気はす

る。しかもせっかくだからと人間の胸ぐら捻り踏むって……いやまず文学美少女がウンコ座りとか言う

な!……何かどっかズレてるよね、橘海乃。

「……戸川くんが言ったの?」

 私は頷いた。

「そう。それは何と言うか……とても残念ね。……でも、学校来てくれるようになったから」

 小首を傾げて、再び唇の広角をキュッと上げて笑う。……橘は、可愛い。

 のぶが学校に来るようになったのは、裏バン・橘にビビって、だけじゃない。橘に会いに来てるんだ。

「私、戸川とは幼馴染みで、家も近所なの」

「ああ、だから。戸川くんの家に行ってた時、何度か見かけた事あったから。教室に群がってた中には居なか

ったものね」

 橘も私に気が付いてたんだ。しかも、取り巻きの中に私が居ない事まで知っていた。

「一年の時、強制クラス委員で、先生から頼まれてたのよ、戸川くんのお迎え。その時は一度も出てきてくれ

なかったけど」

 そうか。それで立ってたのか。のぶ様の出待ちじゃなかったのか……ある意味、出待ちに変わりないけど

も。

 橘に「のぶをどう思う?」って訊いてみるつもりだったけど……何だか躊躇いなく「好きよ」って答えられ

そうで、そう答えて欲しくなくて、訊くのを止めた。

 それよりも……

「橘さん、前髪長くない?前見えてる?」

 ハサミを模した二本の指で、橘の前髪を挟んで持ち上げた。

 橘の黒目がちな二つの瞳があらわになり……

 胸がドクリと高鳴った。

 橘の瞳に吸い込まれるように、橘から目が離せない。

 ……ドキドキする……

 周りの音の全てが遠のいていく気がした。

 橘の丸い瞳が薄く横に伸びた。

「本当だわ。よく見える」

 橘が笑った。まるで花がこぼれるように……

「……ねえ」

 私は橘の視線を逃がすまいと見つめたまま言った。

 橘は小さくまた小首を傾げる。

「明日から……一緒にお昼食べない?私ここに来るから……」

「うん。嬉しい。待ってるね」

 橘がまた笑う。桜色の唇を開いて。

 周りの音が耳に戻る。私は慌てて前髪を挟んだ手を外した。

 立ち上がってから橘の隣ののぶの席に着いた。机の中の筆箱から勝手にシャーペンを拝借して、机に書き残

した。



『のぶへ

 タチバナと友達になったよ!

 今度、何かおごってね!

           ななえ』


 橘は机を覗かなかったけど、私と顔を見合わせて、目のない顔で肩をすくめて笑った。





 それが、私と海乃の出会いだった。





 その日の夜、のぶが閉店間近にうちにビールを買いに来た。

 またママはのぶに、ビールの代わりにカクテルソーダを握らせたけど、それ立派に酒ですから。未成年者に

売っちゃ犯罪ですよ、お母様。

 ずかずかと家の中まで上がり込み、私に詰め寄った。

「おい!お前、アレどういう意味だよ!?」
 
 アレ?ああ、机に書いたアレか。なんだ、気にしてんじゃん。

「そのまんまの意味よー。明日から一緒にお弁当食べるの。のぶも一緒に食べようよ」

「……誰が食うかよ!」

 のぶはプイッと横を向く。

 わあ……面白い。のぶわかりやす過ぎ!

「のぶ……橘の顔、見たくない?凄く可愛いよ」



 あの日、真っ赤になったのぶの顔は、一生忘れられない。


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