小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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「わたし……告白とかつきあうとか、のぶに対して本当は考えたことなんてなかった。好きなんだなって想え

るだけで奇跡だったの……」

 山と積んだフライドチキンを、枯れ果てた骨に変えながら、渇れない涙で宴に興じていた。

「でも……ただ……ちょっと……口惜しくなっちゃったんだよ……あの娘、わたしを子供みたいだって、言っ

た……」

 ……え、胸よりそれ?

 海乃はテーブルにごろんと頭を転がした。テーブルとキスするみたいに突っ伏すと、片手をテーブルの上に

滑らせて伸ばしてきたので、手を握った。

「子供って……うちらまだ14だよ?成長期じゃん。これから大人になるんだから、焦らなくていいじゃん」

 海乃はテーブルをゴトゴト鳴らしながら首を振る。

「……わたしね、染色体が1本壊れてるんだって。だから大人の女になれないかもしれないんだって」

 衝撃告白!……かもしれなかったが意味がわからない。

「……せんしょくたいって、何?」

「そっか。まだ理科の授業でやってないもんね。細胞の中にある命の情報だって。壊れてるとフツウじゃなく

なる……らしい」

 やっぱりよくわからないけど……『フツウになれない』だけは解って、言葉に詰まった。

 海乃が顔だけ起こした。赤い目の下に縦縞の滝が出来ていた。

「わたし……生理、来ないんだ。胸も大きくならない。だから赤ちゃんも産めないかもしれない……のよ」

 最後の語尾でニコッと笑った。

「だからね、恋愛とか考えられなかったけど、なんか好きな人できたら嬉しかったし……憧れたのよ!キスと

か、もっとエッチな事とか……フツウに大人になったら出来ると思ってたのに、ちっとも大人になれない……

だから言われて悔しくなった」

 あまりの事に、頭が追い付かないんだけど……だけど……海乃、あんたキスはされてますよ?

「初めて、好きになってもらいたいって思った」

 本日二度目の失恋です、私は。

 いや、それより。こんなに喋り続ける海乃は、また壊れてるし、きっと傷ついてる。

「……ほんと言うとわたし、少しだけだけど、のぶはわたしを好きかもって、思っちゃったんだ……恥ずかし

い」

 海乃はまたテーブルとお見合いしながら泣き出した。

 私は海乃の手を離さないように、腕をいっぱいに伸ばしてテーブルを廻って後ろから抱きしめた。

「私だって、のぶは海乃を好きなんだと思ってたよ」

 じゃなくて好きだよ!めっちゃくちゃね!今だって絶対好きなはずだ!……なのに……何であんなこと言う

のかがわからない!!

 結局、そんなもんなのかよ!あんなやこんなが出来ないって、大事だからとか言って、のぶにはあんなやこ

んなしかないんだ!

 ムカつく……!!

 フツウじゃない身体なんて関係ないじゃん。のぶだってそんなの知らないじゃん。

 海乃はのぶが好きなだけなのに、いつだってのぶの事で、海乃ばかりが傷つく……鬼瓦の時だって、あの1

年の時だって!

 それでも海乃は真っ直ぐのぶを見てきたのに、好きで守ってやりたいはずののぶが、どうして海乃を傷つけ

るの!!

 もう嫌だ!もう海乃が傷つけられるのは、私が嫌だ!私が許さない!

 海乃を抱く腕に力を込めた。

「……やだ、何で七恵が泣くの?わたし大丈夫だよ。友達だって、言ってくれたから」

 それがどうした!それでいいならもう誰にもやらん!

「もう、いいじゃん……私がいるから!」

「そんなの知ってるよ。七恵はずっと居てくれるの」

 ああやだ、キュンとくる。どうしてくれよう。いっそ私が告白しようか……

「ねえ海乃、私ね……」

 一か八かの衝動に任せて言いかけた時だった。

「……七恵がのぶの彼女だったらいいのに……のぶが七恵を好きなら、わたしもちょっとは近くに居られそう

じゃない……なんて、ズルいよね」

 ああやだ、ズキンとくる。そんなに海乃はのぶが好きなんだ……

「ズルくはないけど…………無理!」

「だよね〜……忘れて」

 力なく笑う海乃が切なかった。

 私がのぶと、なんて絶対無理な話だけど……

 でも、他からの恋愛沙汰から、あのスケベ猿一匹守り徹すくらいは出来るんじゃないか?私でも……



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