小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>



「ねぇ海乃ちゃん、お話し中悪いんだけど、明後日の月曜日病院の日だけど、また学校帰りに行く?」

 橘ママがテーブルに紅茶を置きながら訊いた。

「……学校休む。のぶの顔見たくないから」

「あらそう?お母さん、戸川くん好きだけど?」

「わたしも好きよ文句ある?」

 ヘンテコな母子の会話を聞きながら私は挙手した。

「私もついてっていい?」

「いいけど、つまんないよ?注射と点滴するだけだけど2時間かかる」

 私は「いいよ、待ってる」と答えた。たぶん橘ママは私に一緒に行ってもらいたくて、わざわざ話したんじ

ゃないかと思ったから。

 案の定、海乃は「ありがとう」と、いつものように首を横に倒して、笑った。



 海乃が放っておけなくて、やっぱりまた泊まってしまった。

 夜になって海乃は涙も渇れて気分も凪いだけど……私は、いつまでも胸の震えを拭えずにいた。

「……ば、ばっかじゃない?私……」

 海乃の寝顔を前に、私ったら何を泣いてんだよ……ねえ!?……って、ホントに寝ちゃうと起きないんだか

ら。

 もうー、憧れてたならキスしちゃうぞー!

 ……なんて、何度も思ってたけど、やっぱり出来ないモンだね……こんなに近くにいるのに、すぐ目の前に

居て触れるのに、気持ちが届かないうちは何も出来ないよ……私たちはさ、まだ子供だけど、私はきっとずっ

と海乃の隣で同じ気持ちでいるから。いつか、私の気持ちが海乃に届けられる時が来たら、私だってもう迷わ

ないし、私が海乃をうんと幸せにするから。

 笑っててね。幸せでいてね。私の、隣で。

 腕の中にすっぽり納めて、頬にチュウした。キスじゃなくて、チュウ。

 海乃には申し訳ないけど、ずっと子供でいて欲しいなって思っていた。

 海乃が大人になる日には、大好きなお猿さんをプレゼントできるように、しっかり捕まえておくから……そ

んな日が来なければいいのが本音だけど……

 私は「嘘」と向き合ってでも、海乃を守ってゆくから。




 たった14歳で、今にして思えば、よくまああんな誓いが立てられたと思うが、思い込みだけで突っ走ってで

もそれを叶える力があったのは、自分が子供だったからだ。子供の力を、侮っちゃいけないって、ことだ。




 夜にまた来ると海乃には約束して、家に戻った。

 帰ると「のぶちゃんいるよ」とご機嫌にママが言った。また居るのかよ。まあいい、こっちも用があんだか

ら。

 部屋のドアを開けた途端、わけのわからないモノが視界いっぱいに映し出された。

「どーよ、コレ!!」

 顔中で天狗になってるのぶが、海乃のチョコレートを私に見せびらかしていた。 コイツはバカじゃないか?

「橘からチョコもらった」

 ……投げ捨てられたくせに……

「俺、愛されてるよな」

 ……フッたくせに……

「やっぱり友達になっといて、よかった」

 いいかげん、殴りたくなってきた!

「……そのチョコ頂戴」

 手を広げて突き出した。

「ダメだよ!どうせお前だって貰ってんだろ!」

 私は突き出していた手のひらをグッと握った、振り上げた。

 のぶはチョコを口に放り込み、もぐもぐと食べた。が、もぐもぐしながら表情が険しくなっていった。

「……まずい……」

 一瞬、憤りを忘れて吹き出しそうになった。危ない危ない。

「すげー……俺、不味いチョコなんて初めて喰ったわ!どういう手作りだよ!?奇跡の逸品じゃねえの?」

 それが『チョコ』と判る事の方が、奇跡の人だよ。それでものぶは、嬉しそうだ。

 私は振り上げた拳で、床を殴り付けた。

「のぶ、アンタに話がある」

「……何?」

 私は立ち上がって、机の上に普段は開いた口を伏せて立たせてある大事なオウム貝を、口がこちらに向くよ

うにひっくり返して寝かせて置いた。

「何だよ、それ?」

「いいから。のぶ、聞いてよ」

 振り向いてのぶの目を見た。


「私、好きなのよ、のぶが。ずっと前から。つきあって欲しいの、幼馴染みや友達としてじゃなく、彼女とし

て」



 絶対、アンタを逃がさない!



-42-
Copyright ©魚庵(ととあん) All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える