小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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「は?お前とはずっと前から幼馴染みで友達だろ。何寝ぼけた事言ってんだよ」

 のぶは欠片も動揺しないで、一言で終わらせた。

 うん。今ののぶは間違ってない。のぶが私を微塵も好いてない事くらい百も承知だ。……だって。私もだ。

「じゃあ、またお願いするわ。私の気持ちは変わらないから」

 うん。変わらないわ。だから繰り返してやろう。

「待てよ、七恵。お前の今の寝言を、橘は知ってんのかよ」

 ドキリとした。

 ギクリとした。

「知らないよ。でも言ってもいいよ」

 ……嫌だけど……困るけど……でも海乃はきっと、私はのぶを好きだと勘違いしている……でなきゃ、あん

な事は言わない。自分の利益だけで、あんな事は言わない娘だもの。

「お前のそれって橘に対する裏切りじゃねえの?」

 ムカつく……!

 解っててやってる事を何でアンタが言うんだよ!

「バカにしないで。海乃と私はそんなんで壊れたりしない。のぶはどうなの?海乃からチョコ以外に言葉はな

かったの?」

 のぶはプイと視線を逸らすと、小さなため息をこぼしながら所在なさげにその瞳を泳がせる。

「橘が……俺を好きになるはずないだろ」

 ぶち。

 ヤバい。私がキレた。落ち着け私!

「……じゃ、誰も見ないでいてよ……」

「そんで『私を見て』か?」

 言われてから見たのぶの顔は冷たく呆れていた。

「え、あ……そうよ」

 うっかり口ごもってしまった。

「お前は、今までもこれからも幼馴染みで友達だ。俺は……」

 言いかけた言葉を、のぶは噛みしめた。

「じゃ帰るわ……また明日、学校で」



 のぶの立ち去った部屋で、私は力が抜けてへなへなと座り込んだ。

 腕を伸ばして、転ばせたオウム貝を抱きしめる。

「まだまだだ……私は全然、嘘が下手過ぎる……」

 はぁ……ため息と一緒に涙がこぼれて来た。

「……ごめん、ごめんね、海乃……」

 抱き抱えたオウム貝に『ブボォー』と怒られて、寝かせた頭を持ち上げた。

 私の嘘は始まったばかりだ。挫けてなんていられない。

 ……のぶは、海乃の本気の告白を嘘だと信じて、私の嘘の告白は本気にして蹴散らしやがった。

 上等だ!そうやって、のぶは海乃のチョコレート(推定)を食べたのだ!

 私は海乃を誰にもやらない。のぶにしか、やらない。だからのぶ、アンタを逃がさない。誰にも渡すもん

か!




 病院はちょうどいい室温に調節されているものだと思っていたのに、意外と寒かった。

 海乃の付き添いで来て、診察室より外れた処置室で、検査と注射が終わるのを廊下の長椅子で待っていた。

 いつも健康体の私には、病院なんて無縁の場所だったので、どういう顔をして何を考えながら居ていいのか

わからなかった。

 ヘンにどぎまぎして、怖い。

 長椅子の隣に、誰かが座った気配があったから、私は少し横に詰めて距離を取った。

 その時、キュッと手を握られた。ギクリとして振り向いたら……綾さんだった。

「久しぶり。七恵」

 握られた手から急に温かさが流れ込んだ。

「……綾さん、何でここに?」

「ここ、俺んちの実家だもん。七恵は……うーちゃんの付き添い?聞いたんだ、ターナーの事」

 ホントに病院の息子……じゃなくて娘なんだ。

「病名とか知らないけど、大人になれないってことは……」

「平気だよ!モザイクだし、治療長いし。生理が来ればフツウになるよ、うーちゃんは。それよりさ……」

 綾さんは顔を近づけて耳打ちしてきた。

「キスくらいしちゃった?」

 ニコニコしてるこの人と、そう言えば私はキスしてた。エッチもしてた。

「いえ、出来ませんでした。でも海乃はのぶにフラレました。私はのぶに告白かましました」

「はぁ!?何それは?何でそうなる?」

 私は綾さんの繋いでくれた手に力を込めた。

「私が海乃を守るんです。だからのぶを捕まえておくんです」

「だって、それじゃ……」

 その時、処置室のドアがカチャリと鳴いた。


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