小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 ドン!

 開きかけたドアを綾さんが、立ち上がって背中で押さえた。

「あのさ!それ、七恵が傷つくことなんじゃないの?……って、もう無理か!俺、行くけど後で必ず電話し

て!錦糸町の方な」

 ドアの向こうでは、開かないドアにガチャガチャとノブを回す音だけしている。

「愛してるよ」

 投げキッスを寄越してドアから離れた綾さんは、背中を向けて歩いていく。

 勢いよく開いたドアにキョトンとした海乃が顔を出す。

「おまたせ……あ」

 鼻をクンと鳴らしてから、去って行く綾さんの後ろ姿を振り返り、首を傾げる。綾さんの背中を指差して海

乃が笑った。

「エタニティの彼氏?」

 そう言えばそんな嘘で誤魔化してたっけ。

「うん……偶然……友達のお見舞い……とか」

「……そうだったね。ごめん。一昨日、変な事言って」

 それを言うなら私の方が、ごめん、昨日変な事してきて、だ。

「ううん……別れなければ今度紹介する」

 絶対無理らしいけど。今だって明らかに海乃から逃げたしね、綾さん。

「この間も思ったけど……海乃、香水詳しいね。好きなの?」

「別に詳しくないけど、鼻はいいの、わたし」

「海乃からはいつもいい匂いがするよ、つけてるの?」

 首を振って目を細めて「わたしのは薬の匂いだよ」と言われた。

 ……言うんじゃなかった。



 綾さんに心配されたから電話をかけた。「来い」と言われてノコノコ錦糸町のバーに行ったら、なんと綾さ

んはバーのオーナーで2階が綾さんの家だった。一人暮らしの部屋はスタイリッシュでオシャレでいかにも金

持ちめいていた。何だかわからないうちに服を脱がされていたけど……何だかもう慣れた。綾さんが女だって

思えば、何だかやらしくない。でも人の事だけ脱がしといて、この人は脱がないのが私には不満だ。

「今時の中学生はみんなこんなに発育いいわけ?」

「みんなは知らないけど、私は普通だよ。たぶん。で、何でハダカにすんの?」

「のぶとヤったのかと思って。身体検査?」

「バカじゃない!?」

「バカはどっちだよ。何で好きでもないのぶに告白すんの。いやいや解ってるよ、解ってるけど、その愛情は

見失ってないか?自分を」

「解ってる!解ってるけどもう嫌なんだ!のぶが守ってやんないから、海乃ばっか傷ついて!」

「だから七恵がうーちゃんを傷つけるのってわけ?」

「…………そうなのかな、そうかもしんない」

「……あんたは三島由紀夫か!!……ったく、そんな嘘ついて……七恵の本当の想いはどこに持ってくんだ

よ!」

「……だって、聞いてくれるでしょ?綾さん」

 紺色のマイヤー毛布をざっくり掛けてくれた上から、キュッと抱きしめてくれた。

「うん。聞いてやる」

 綾さんが居てくれて良かった。この人がいるから、私は海乃を好きでいるのが苦しくない。



 綾さんは「うーちゃんは身体も気持ちも病気ではないし、七恵より強いから大丈夫」と言い、

 のぶのことも「諦めは悪いしストイックでもないから大丈夫」と言い、

 海乃は「気を遣わなくても元気だから大丈夫」と言い……、

 改めて翌日からは健康且つ健全な『友達』をやってゆく心づもりを用意した。

 ただ……のぶが海乃に、もらったチョコレートの不味さを切々と語ってしまったので、せっかく前後で並ん

だ席から海乃を逃がしてしまった。

「先生!わたし、目が悪いんですが、やっぱりここじゃ黒板見えません!席替えしてください!」

 と挙手をぶちかまし、のぶに手を掴まれて

「待てよ!俺のノートはどうなる!?」

「そんなのまた休み時間毎に来ればいいことでしょう」

 とか一喝されて……海乃はまた、私からいちばん近い席になった。4組内では「夫婦喧嘩?」と囁かれてい

て、ざまあみろな気分。

 そのくらいのトラブル込みの、私たちは標準且つ平均的な『格別仲の良い友達』になっていった。


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