小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 空が高くなって、秋も深まろうかという頃。

 私たちもがっつり受験生ですが、家から近いだけで選んだ高校は、さほどレベルが高いわけでもなく、普通

に勉強してれば普通に合格出来る程度だったので、夏休みも遊んでばかりいた。

 去年、学祭は頑張ったので、今年はまた3、4組共同で英国風ロイヤルティールームをやることになってい

た。名前は大層だが、単なる喫茶店だ。ただ、衣装チームが女子のメイド風ドレスと、男子の燕尾服を頑張る

だけだ。



 私は相変わらず、海乃が病院に行く月曜日にのぶに愛の告白を続けていた。そして火曜日には落ち込んで綾

さんに会いに行く。その繰り返し。

 綾さんに会った日は気まずくて海乃に会えないのが常なのだが……今日に限って、綾さんから海乃に「渡し

て欲しい」と小さな花束を預かった。かすみ草の中に一輪のバラの花……ちょっと嫉妬した。でも綾さんは言

っていた。

「俺からじゃなくて院長から。俺からって間違っても言ったらダメだよ、バラの首、即もがれるから」

 花束を持って海乃の家まで来ると「デテケーッ!」という声がして、のぶが転がり出て来た。

 どうしたのかと駆け寄ると、白い発泡スチロールの箱を抱えたのぶが「畜生!!」と吼えていた。

 旬のいくらとウニが大量に入荷出来たので、橘パパにお裾分けに持って来たらしいんだけど、海乃に叩き出

されたらしい。

「あの女ーっ!めちゃくちゃにしてやりたい!!」

 へー。のぶでもそんな事思うんだ。

「のぶ知らないんだっけ?海乃、ウニといくら、死ぬほど嫌いよ」

「ンだと!?」

 のぶはちょっと考えてから、

「わかった。あいつが食べられるモンにしてから来るわ」

 走り去るのぶに手を振って、海乃の家に入って行くと、玄関で海乃がしゃがみこんで大泣きしていた。

「どうしたの?無理矢理食べさせられたか?」

 抱き起こそうとしたが、海乃は立ち上がろうとしなかった。

 橘ママがコソッと来て、

「海乃ちゃん、初潮が来たのよ」と耳打ちした。

 だから、院長先生から花束か!粋な計らいだな!……と思ったけど、綾さんが買ったのなら……綾さんは院

長先生から聞いてるのかカルテを見てるのか?海乃の事を先回りで知ってるみたいなところがやっぱり気にく

わない!

 海乃を抱きしめて「おめでとう!良かったじゃん」と喜んだのに「どこが!!」と一層泣かれた。

「だって、ちゃんと大人の女になれるんだよ!海乃の憧れが叶うんだよ!」

「そんなのもう意味ない!フラレちゃったもん!!」

 ズガーン!!

 うおお。いきなりこめかみ撃ち抜かれたぞ!

 何!?海乃にとって女の未来は、あの一度の失恋で幕を閉じたとでも言うの?止めてよ、そんな!私が今、告

白しまくってる意味がそれこそなくなるわ!

 それでも海乃は泣きまくっている。

 綾さんは、生理が来れば普通に大人に成長出来るって言ってたけど……

 大人になる事も、背が伸びる事も、胸が大きくなる事も、綺麗になる事も、誰かに好かれる事も、のぶにフ

ラレたらもう意味のない事になってしまう海乃の抱く、どっか歪んだ愛の重さに驚愕した。

 ……ヤバい。私がしてる事がバレたら、この娘は簡単に身を引くぞ……その時になって私を果たして受け入

れるだろうか?

「海乃、海乃、大好きだよ……何があってもいつになっても……」

「……知ってる」

 ダメだ!相手にされてない!のぶの阿呆!早くこの娘を幸せにしてくれ!

 嗚呼もう……なんてなんて、誰かの為に誰かを愛するって、難しいんだろう!本当に大人たちはこんな事を

乗り越えて結ばれてんの?いや、絶対省いてるな!だから薄っぺらな恋愛で満足してんだ。

 いや、そうでなくて。

 好きな女の涙も止められない自分が不甲斐なくて、哀しいだけ。



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