小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 大人の階段を上る事を許された海乃は、通院の間隔がぐっと空くようになった。

 と同時に、遅咲きの第二次性徴期を迎えた海乃は、目に見えて日に日に「女」になっていった。

 同じ身体を持っているはずの私が言うのもヘンなのだが……『女』って凄い!

 ねえねえ、私もこうだったの?なのに全然モテなかったのはナゼ!?世の男共の目玉は節穴か!

 ……私の変貌が大したことなかったのは、仕方ない。現に美少女と囁かれるのとモテるのは、別問題らし

い。あー、性格が……とかは言わないように!

 とにかく、だ。

 私は、毎日ドキドキしてる。毎日が恋の始まりのようだ……

 好きなひと(女、だが)が居るのは、素敵な事だな。毎日新しい発見に出会えてる気さえする。

 ……そういう気持ちで、のぶに嘘の愛を語るのは……ホントに心苦しい。



 のぶに例の如く告白に行ったある月曜日。

「ちょうど良かった。今から橘ん家に行きたいんだけど、お前も来いよ」

 ちょっと嫌なタイミングだなと思ったけど……海乃に会いたさに一緒に行くことにした。

「のぶ、今週も好きなんですが、付き合っていただけませんか?」

 海乃の家までの道のりを歩きながらかました告白に、のぶは今週も吹き出した。

「お前さ、何企んでんの?俺、誰かと付き合う気ないよ」

 それでいいのだよ。

「だいたいさ、七恵とは生まれた頃から一緒だし、俺には姉貴が居るけど、歳の離れた姉貴より、お前の方が

兄弟みたいなんだよな……結局、同じ時に同じ物見てるのが多かったじゃん?そいつを同じように感じるのが

お前だって、俺は知ってるからさ、悪いけど本気に取れねえよ」

 ええそうでしょうよね。同じ時に同じ物を見てきたんだから……同じ人を好きになるのも当たり前なんだよ

ね。

「だから、私の知らない人を見て欲しくないのよ」

 のぶは小さくため息をついて「はいはい」と答えた。



「橘!いくら持って来たぞ!みんなで食おう!」

 海乃は玄関で、誠に遺憾な顔で出迎えた。

「いやだ!」

「絶対美味いから!!あがるぞ!」

 海乃の横を通りすぎようとした時、のぶが「そう言えば」と海乃を振り返り、ぐいっと頭を抱き寄せて首筋

に顔を寄せて言った。

「お前、匂い変わったよな」

 海乃はのぶを突き飛ばした。軽く、のぶから離れるだけの力を込めて。たぶん、行動より言葉に反応したの

だろう。私までドキッとしたもの。

 野生動物の嗅覚は恐ろしいな……匂いなんて、しょっちゅう一緒に寝てても私にはわからない。

 と言うか、のぶは海乃を本能で愛してんじゃないかと思う。けど……本能だからって、それは永遠じゃない

よね。かと言って、人の永遠を操作しようってのが間違ってるけどね。



 テーブルに置いたタッパーいっぱいにキラキラと光るいくらを囲んで、橘ママがお茶を淹れてくれた。

 小皿に少しずつよそったいくらを、おのおのスプーンで口に運んだ。

 橘パパなんかは蕩けた顔して「パライソって知ってるか?」とか戯言まで発していた。

 海乃は歯を食い縛ってまで拒否を続けていたが、のぶに顎を捕まれて

「お前に喰わせる為に持ってきたのに、お前が喰わなくてどうすんだよ!?喰わなきゃキスすんぞ!!」

「キスの方がいい!!」

 そこで怯んで、一瞬照れるのぶも可愛いが、気を取り直して「誰がするか!!」と力任せに口をこじ開けて、

いくらを放り込んだ。同時に暴れた海乃のパンチが炸裂して、のぶはしたたかぶっ倒されたけど。

「あ!美味しい……」

 海乃の顔がパァっと明るく閃いた。

「やった!美味いだろ!?」

「美味しい!すごい!わたし一生キスしなくても生きていけるわ!」

「いや、それは別問題でさ。お前に追い返されてから、親父に習って俺、何度も作ったんだよ、絶対喰わせた

くて!」


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