小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 奇跡を見るようだったが、私はこのいくらが何だか知っていた。のぶパパ特製の、醤油漬けだ。でも、よく

食べさせてもらってた物より、甘辛くて食べやすい。お菓子みたいだ。

 のぶが作ったって言った?

 今まで、店の手伝いはしても、料理なんてしなかったのに……海乃に食べさせたくて作ったの?何日もかけ

て?何度も?

「俺さ、高校行くのやめるわ。調理学校行くよ」

「どうして!」

 思わず叫んだのは私の方だった。

「一緒にバカ高校、行くって言ってたじゃん!のぶのレベルに合わせて決めたんだよ!?」

 のぶは面食らった表情の後に、照れ笑いした。

「うん、わりぃ。俺、料理面白くなっちまった。どうせ勉強とかデキねぇし、好きな事活かすとか考えられな

いから、店継ごうかと思って。調理学校、受験ないしな」

 わかるけど……何か一人だけで勝手に大人になろうとしてるみたいなのぶが、疎ましかった。

「まさか七恵に反対されると思わなかったけど……橘も泣いて嫌がるなら、考えるよ。高校行ってからでも行

けるしな」

 海乃は微塵もショボくれなかった。笑ってのぶの手を取った。

「ううん。がんばってね。わたし、ずっと前から思ってたよ。のぶは綺麗な手をしてるから、手を使う事すれ

ばいいんじゃないかって。いくら、すごく美味しかった!こんな美味しい物作れる手なんだから、上手に使っ

てあげて。う〜ん……確かに遊べなくなるのはつまんないけどね」

「大丈夫!毎日でも遊びに来る!俺、お前と遊んでるのが一番楽しいから」

 髪が乱れるのもお構いなしに、ぐしゃぐしゃと頭を撫で回した。

「そういうわけだから、お前も納得して。お前ん家には俺からも世話になるから」

 私の頭もぐしゃぐしゃ掻き回した。

 ……仕方ないのかなあ。みんな、大人になるんだから。



 帰り道に訊いた。

「のぶは料理人になるって、いつ決めたの?」

「今日の夕方」

 のぶはさらっと答えた。

「……それは、海乃の為?」

「は?何だよそれ。いくらの醤油漬け仕込んだのは、まあ、あいつに食ってもらいたくてだけど、板前になろ

うってのは俺の為だよ」

 今日ののぶはカッコ良く見える。

「……なぁ?橘さ、何かちょっとキレイになんねえ?」

 今更か!

「高校行ったら、モテんだろうな」

「のぶだって、調理学校でもモテモテでしょう」

「調理学校ってな、女少ないんだよ、和食科は特にな」

 それは安心。でも、やっぱり寂しいよね。




 残りの中学時代を、毎日のように海乃とのぶと3人で過ごした。

 学校祭の英国風ロイヤルティールームも大盛況で、のぶのロイヤリティ・セバスチャン(仮……執事の名前は

セバスチャンに決まっている)はまたまた下級生のハートをキャッチした。

 更に女性化を果たした海乃のロイヤリティ・エマ(仮……メイドの名前はエマらしいよ)もまた注目浴びちゃ

って、私は気が気じゃないよ!まあ、伸びた髪を結い上げたうなじに私が我慢出来なくなっちゃって、ついチ

ュウしたらし過ぎてキスマーク作っちゃったので髪は下ろして、代わりに伊達メガネかけさせたら、人気がう

なぎ登って、焦った!あーもう……私のモノにしたい!!

 クリスマスはのぶが豪華な懐石を作ってくれた。シャンパンはうちの店からくすねた。

 お正月も初詣に行って、映画のハシゴして、なぜか水族館に行った。

 バレンタインには、またあの海乃特製のどうやったらあそこまで不味くなるのかわからないチョコレート

を、でかいでかいケーキにして振る舞ってくれた。……私は初めて頂戴しましたが……かなり衝撃的な奇跡の

逸品を、ありがとう。

 高校の受験も……のぶ合わせに下げるだけ下げたレベルの学校なだけあって、難なくクリアした。

 そして卒業式。

 出会って恋した、運命の時間軸に区切りがつく日でもあった。



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