小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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「え?うーちゃんが帰って来ない?」

「そうなの!毎年恒例で行ってる家族旅行なんだけどね、3泊4日のはずがもう2週間、帰らないの」

 クーラーの効いた綾の自宅で、ヤる事ヤって、コトを済ませてから、ハダカのままでぼやいていた。

「だから七恵から誘って来たわけだ。俺、一応試験前なんだけど」

「何それ!?試験前だろうとホスト休まないくせに!試験前だろうと毎週ヤってるくせに!」

 何!?まるで私が、海乃が居ないせいで欲求不満みたいなその言い方は!?悔しくってムカついて、その剥き出

しの肩に噛みついた。



 結局のところ、14の頃からもう7年もこのオナベホストと身体の関係を続けている。まぁ、気持ちもたくさ

ん助けてもらってるし、会うのは週一くらいだが、恋愛感情に欠ける恋人みたいなモンだ。尤も、恋愛感情が

ない関係は『恋人』とは言わないけど。

 彼……いや彼女だけど、彼にしか見えないからやっぱり彼。には、ボロボロの気持ちを救ってもらい、セッ

クスを教えてもらい、女同士で愛し合う世界を教えてもらった。

 私の、ノーマルとは言い難い感情を抱く、心と身体には、彼が必要なのだ。それだけ。

 ……何故なら、私は好きで好きでたまらない、親友の女の子を、寝てる間にキュッと抱きしめる以外、何も

出来ないまま、今にもトキメキ死にしてしまうのではないかという、医者にも治せぬ恋の病に侵されている。

治せないまでも、その発作を和らげてくれるののが綾なのだ。

 ちなみに綾は医学生。実は会った時から医学部の大学生だったらしいが、ホストのバイトばっかしてたか

ら、知ったのは結構後になってから。単位足らなくて留年しまくりで、ただ今医学部8年生。……普通、医学

部にギリギリ8年も居たら、まず医者にはなれないらしいが、綾は医者になる気満々なのだ。幸い、実家がデ

カイ病院で経済力と就職先には困らないらしいから。……別に結婚するわけじゃないし、どうでもいいけど、

私には。

 それより私は今、愛しい親友の行方の方が心配なのだ。

「のぶの方に連絡は?」

「あれば心配してないよ!だいたい、のぶがいつ帰るのかーって、ウザいのよ!……何かさ、約束したらしい

の。帰ったら……ちゃんと付き合うんだって。恋人として!」

 私は頭を掻きむしった。

 海乃とのぶの想いが繋がるのはとにかく目出度い事なんだけど、やっぱり私としては複雑!だから綾にも頼

ってしまう。

「へえ……のぶが。やっと!でもそれなら、七恵はうーちゃんが帰らない方が良いんじゃないのか?もう、の

ぶに嘘の告白ゴッコを繰り返す必要なくなるけど、うーちゃんはのぶに手込めにされる。お前が手を出さない

から!何年純愛続けてんだよ?教えてやったろ、抱き方!」

「うるさい!うるさい!出来ないんだから仕方ないじゃん!もう、のぶとどうにかなるのは覚悟の上だけど、

私は今、海乃が心配なの!!」

 海乃が旅行に行く前日、のぶの仕事仲間やら私の大学の友達やら交えて、海乃の家でビデオ上映会に興じて

いた。まあしょっちゅうやってる事だったが……あの日、のぶは私に言った。

「俺、もう我慢の限界!もう友達じゃいられねえ」

 おいおい、アンタ我慢してたんですか!?自分から友達ぶちかましておいて!?

 ちょっと呆れてしまったが、初めてのぶが私に海乃の事を訊いてきた、あの時の事を思い出した。

 寝てる海乃にこっそりキスしたのぶ、授業中に海乃の手を握ったのぶ、髪を焼いた海乃を抱きしめたのぶ、

友達ぶってベタベタベタベタ海乃に貼りついていたのぶ、屋上で海乃をフッたのぶ、海乃の為に料理を作って

きたのぶ、いろんな顔ののぶと一緒に、笑って泣いてた海乃を思い出した。

「じゃあ今日はみんな連れて先に帰ってあげる。……私ものぶの彼女になるのも今日で諦めるわ」

 精一杯の手向けだった。

 私の気持ちは、のぶも海乃自身も知らない。

 私はその夜、友達を連れて帰りながら泣いた。

 友人たちには、もう二人が好き合ってる事くらい周知だったが、泣いてる私に「何?のぶの事マジ好きだっ

たの?」とか言われて、

「ばか!嬉し泣きだよ」とか嘯いた。

 嬉しく嬉しくて、悲しくてしかたなかった。

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