小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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「七恵、このまま泊まっていく?」

 綾が上から覆い被さる。汗が冷えた身体が冷たくて気持ちいい。とりあえず、私相手に寝るときは服を脱ぐ

ようになってくれたので、人肌の温もりを私は覚えた。ぺっとりと肌をくっつけて首に腕を回す。

「ダメ。親が法事で居ないから、弟が一人で待ってる」

「あっそう。じゃあ、うーちゃんが帰ったら教えて」

 服を着始めたところで海乃の話題とは、汚ないヤツめ!

「どうせ言ったって会えないくせに!海乃に会わせろって言われてるの、ずっと誤魔化してきてて、もう彼氏

なんて嘘じゃないかって疑われてんだよ、私!」

「彼氏なんて嘘じゃん」

「そうだけど、彼氏持ちにしとかないと、のぶの事好きだと疑われんだもん!」

「告白してるくせに。毎週」

「その翌日、ヤってるくせに!毎週!」

 売り言葉に買い言葉で、突き合わせた顔にチュッとキスされた。

「だからさあ、うーちゃんとのぶがくっついたら会うから紹介してよ。そんで、俺がうーちゃんの嫌いな『あ

ーちゃん』だってバレたら……まあ七恵も一緒に嫌われるだろうから、そうなったら嘘じゃなく付き合おう

よ、俺と」

「い、意味わかんないよ!!」

 私はまだまだ海乃に嫌われたくなんかないわ!



 綾は海乃が幼いときに、何かあって酷く嫌われているらしい。絶対会えないそうだから。……でも綾はたぶ

ん、ずっと海乃を想っている。だから私はそんな綾を少しだけ利用している。



「ただいまー。拓実、起きてる?」

 家の奥に声をかけると、拓実が泣き喚いてる声が聞こえた。

「わかんないよ、うーちゃん、泣かないでよ……ナナちゃんが帰ったら……え?もうかけられない?やだよ、

うーちゃん!」

 うーちゃん……って、海乃から電話だ!

 私は靴を脱ぎ捨てて、電話まで走った。泣きながら受話器を握る拓実に割って入る。

「海乃!何かあった?帰らないから心配した……」

 受話器の向こうで海乃は、私の声に火がついたように泣き出した。

 私が呼びかけると、嗚咽しながら話しだした。

『七恵……良かった、居てくれて……ごめん、ごめんね』

「……どうしたの?海乃、今どこ?」

 ただ事ではない様子に、指先までザワザワと総毛立つ。

『事故……っちゃって、両親が死んだ……わたしも……怪我したけど、生き残っちゃった……だからね、もう

帰れないの……会えないの……ごめんね……』

「何言ってるの?怪我、酷いの?動けないの?迎えに行くよ、何処に居るの?」

 公衆電話らしく、コトン、コトンとコインが1分ともたずに落ちる音がする。

『ごめんね……一人で生きてくのは怖すぎるの……わたし、凄く幸せだったから……もう、いいの……』

「良くないよ!私よりのぶはどうするの!のぶ、海乃帰るの待ってるよ!ずっと一緒に居るんでしょ!?一人で

生きることないんだから!!」

 今にも切れそうな言葉の糸を、私は必死になって繋いでいた。

『……わたしね、のぶに好きだって、言ったの。愛してるって、やっと言えたの。夢見たこと……叶うかと思

ったのに……なくしちゃったの……もう会えないよ……ごめん、もうテレカが無くなる……七恵と話せて良か

った。ありがとう……またいつか、必ず連絡するから……幸せになって』

 ダメ!切れたら会えない!お願い、神様!

「いつかなんて嫌だ!すぐにまた連絡して!迎えに行くから!海乃が帰って来れる用意はちゃんとしとくか

ら!だから帰って来てよ!海乃、愛してるから!!」

『……ありがとう七恵……わたしも』

 プツリとそこで、電話は切れた。

「わあぁぁぁぁーッ!!」

 私は悲鳴をあげて拓実を抱き寄せて泣き崩れた。

 拓実は泣くのを止めて、私を抱き止めていた。まだほんの11歳なのに、私より先に状況を飲んでいた。


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