小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 翌日、海乃の家に行ったけど、留守のままで変わった様子はなかった。

 事故ったって言ってたから、2週間分の新聞を見てみたけど、それらしい事故はなかった。

 ……もう、何をどうすれば海乃に会えるのか検討もつかないまま、交番行って大きな事故がなかったか訊い

て逆に職務質問されたり、TV局にまで電話してイタズラ電話扱いされて切られたりした。何をどうしていいか

分からず、店からくすねた日本酒を何本も空けた。

 やっぱり3日目には綾に泣きついた。

「わかった。うちの病院には橘の家族三人分のカルテがある。そうそう他の病院にかかって欲しくないんだよ

ね……病院からあたってみるよ。貸別荘って……軽井沢だっけ?」

 冷静にメモを取ってくれた。

「怪我して手術でもしてたら、身体中調べるはずだ。あれだけ先天性の症例を抱えた娘ならすぐ見つかるよ。

大丈夫だよ」

 気を抜くと溢れ出る涙を、握った拳で目を押さえて止めている私を抱きしめる。

 だけど、私の腕の中は空っぽだった。私の中に収まっていた海乃が何処にも居ない。居なくなる日が来るな

んて考えなかった……たとえ考えても、のぶの腕の中に居るはずなのに……何処にも居ない。帰って来ない不

安に、私は潰されそうだった……もう、潰れていた。



 家に帰るとのぶがいた。

 いつもならはしゃいでるママが「まだ海乃ちゃんの事言ってなかったの?」と心配していた。

 親たちもそれなりに手を尽くしているのに、微塵も掴めないのは何故だろう……

「七恵、海乃どうした?」

 顔を見るなり言われた。

「のぶ……いつから海乃って呼ぶようになったの?」

「え?ああ……こないだ、かな」

 照れたようにはにかんで……キモい。

「……ホントにヤっちゃったんだ。サル!」

「何でそうなるんだよ!!あいつ相手にテキトーな事言うなよ」

「アンタって、ヘンに形から入るって言うか、キマリ事つけるって言うか……こうしたらこう、みたいな事す

るじゃん」

「だーもう、かなわねえな……はい、キスしました!抱き合って寝ました!けどそれだけです!それ以上して

ません」

「……何でしなかったの?何で行かせちゃったの?何でずっと抱きしめてなかったの?何で……」

 堪えきれず泣いてしまった。

「何があった?……海乃、どうかしたのか?」

 私が電話があった事と、その内容を伝えると、のぶは床を殴り付けて「何故すぐ言わなかったんだ!」と怒

鳴って立ち上がった。

「軽井沢行くぞ。お前も来い!」

 そうだ……のぶは貸別荘まで海乃を送って行ったって言ってた……初めに頼れば良かったんだ……



 高速とばして山道に入る頃には、陽も暮れて暗くなって来ていた。

「ここを上りきれば別荘だ」

 先の見えないカーブの坂道をぐるぐる上る途中で、道は阻まれた。通行止めになっていた。車を下りて山道

を歩き出したのぶを止めた。湿った空気の中、どこかきな臭い、その奥に踏み込むのが怖かった。

「待ってよ、のぶ……海乃は公衆電話からかけてきた。息が荒くて苦しそうだった……きっとまだ病院だと思

う」

「親、死んでんだろ?まだ病院って……」

「海乃の怪我が酷いんだよ……他の事何も言わなかった……ただ……お別れの電話だったんだもん……」

 のぶは震える私の肩を抱いて車に戻った。

 麓の病院を片端から訪ね歩いたが、橘海乃を収容した病院は遂に見つからなかった。

 既に暗く閉ざされた病院の待合室の公衆電話を見る度に、息を切らしながら必死に電話をくれた海乃を思い

浮かべた。息が詰まる思いだった。



 海乃が居なくなった。

 私には大きすぎる痛手だった。


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