小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 主の居ない海乃の部屋は、相変わらず殺伐と散らかっていた。

 机の上には赤い小さな紙袋が置いてあった。私が海乃の誕生日にプレゼントしたオーデコロンを入れた物

だ。

 自分の身体が薬臭いと、高校に行ったからはお気に入りの香りを見つけて、身体ではなく洗濯後の衣服や身

につける小物にふりかけて楽しんでいた。女性らしい優しい香りが私も好きで、海乃の匂いにして抱きしめて

いた。なかなか売ってないコロンを、アメ横に行って4本買い占めてプレゼントしたのだった。

「ありがとう!大切に大切に使うね!」

 そう言って笑っていたのは、ついこの間の事なのに……

 が、持ち上げた紙袋は軽かった。中は空っぽで、代わりに小さなメモが入っていた。


     『七恵 ありがとう

          一生かけて使います』


 旅行先にわざわざ、4本ものコロンを持っていくわけがない……海乃はこの家に一度は戻ってるんだ……!

 何も変わり映えのしない部屋だけど、本棚から僅かに飛び出していたアルバムを見つけて取り出した。

 中をめくると、中学時代の懐かしい写真が並んでいた。必ず赤目に写るから嫌だと、海乃は写真を嫌ってい

た。それでも、撮影班に隠し撮りされた笑顔がたくさんあった。

 ふと、途中で空白になっている場所があった。前後の写真から、そこには海乃とのぶと私の3ショットの写

真があったのだと私にはわかった。

 全部を置いて行く覚悟の中で、1枚の写真と4本のコロンを持ち出してくれた。それは、嬉しい事として、

涙が出た。

 海乃を諦めるつもりは勿論ないが、のぶや私の事まで全て切り棄てたわけではない事実に、私はまた必ず海

乃に会えると信じられた。



 部屋の中をぐるりと見渡した。海乃が自分から切り棄てた過去の中で、私が持ち出せる物があるだろう

か……それじゃあまるで形見分けのようで悲しくなる。

 私はアルバムを元の位置にしまおうとして、つい遊び心が出た。隣のアルバムを引き抜いた。

 思えば、あれだけお互いの家を行き来して、いろんな話をして来ながら、昔のアルバムを見たことがなかっ

た。海乃が切り棄てた物を覗くのは、ちょっと悪いなと思いながらも、気分を良くしていた私は、知られざる

海乃の子供時代の写されたアルバムを開いてしまった。

 開いて……私は粟立った。

「何……これ……」

 アルバムには、全身が白い子供の写真が並んでいた。真っ白な長い髪と赤い目をした少女とやんちゃそうな

少年の写真が何枚も並び、歳を追う毎に少女の髪は色が付いていっていた。白髪から金髪に、ベージュから茶

色に……そして最後のページには、長い髪を真っ黒に染めて、中学の制服を着て顔中笑顔でピースサインし

た、海乃の中学入学式の写真が貼られていた。

 心臓がバカみたいに早く大きく脈打っていた。

 私の全く知らなかった、幼い海乃が、棄てられたアルバムには居た。

『ウサギみたいだったから……うーちゃん』

 ずっと前に綾の言っていた事を思い出した。

 同時に、フラッシュバックするように思い出した事があった。



 高校に通いだして間もない頃だった。高校は家から近い所で選んだが、本来なら自転車通学するところ、自

転車に乗れない海乃とバス通学か、ひと駅分の電車通学していた。たったひと駅でもラッシュに揉まれるのが

辛かったが、海乃の「慣れてるから」とけろっとしていた。私立小学校に電車通学していたからだと。だから

訊いたのだ。

「そう言えば、どうして中学から公立に来たの?」

 海乃はちょっと空を見てから、私に向き直る。

「わたし、他の子たちと違ったの。お坊ちゃん学校だからイジメとかなかったけど……皆が可哀想な目でしか

わたしを見なくて……その内、両親の事で噂された。あの夫婦は似過ぎている……血が濃いんじゃないのか、

って。そんな所に居られないじゃない」

 私は何て応えていいのか、言葉に迷ってしまった。


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