小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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「……嘘よ」

 ひと呼吸おいてから海乃はあっさりと白状した。

「やだもう……すぐ、作り話するんだから!」

「ごめん、ごめん。ホントは合わなかっただけ。でも今のはなかなかの話じゃない?」

「でも笑って済まされるネタじゃないよ」

「そっか……わたしね、作家になりたいの」

 私は海乃の部屋に積まれたノートの山を思い出した。

「ああ、サカモト君だっけ?あれ、のぶの話?」

「やだ、読んだの?アレは練習みたいなモンだから、もっとマトモなの読んでよ」

「読んだ、って、ほんの触りの部分。読ましてくれるなら読ませてよ!」

 結局、海乃のノートをあれから読む機会はなかったのだが……振り返った机の上には、相変わらず雑然とノ

ートが積まれていた。

 私は何冊かパラパラと捲ってみた。ファンタジーみたいな異世界の話の他に、小説の形式で書かれた日記の

ような物があった。いつから書かれているのだろう。ノートは100冊近くある。海乃は将来の夢の切れ端さえ置

いて行ったのだ。

 もし、これが世の中に出るような事があれば……海乃は気付くだろうか……怒って訴えて来たとしても、私

に何か言ってくれるんじゃないだろうか……

 この部屋に鮮やかに色づく海乃の歴史の中で、私はアルバムと全てのノートを抱え、紙袋の底のメモを握り

しめて、海乃を幾度となく抱きしめた部屋をあとにした。




 海乃が帰って来れる準備をするよ。約束したからね。

 ずっとずっと、あなたを愛してるから。




 夜になって、当然のごとく綾の家に行く。

 店に行ったら「マスターは今日は六本木だよ」と言われた。

 ……国家試験大丈夫なのかよ!?さすがに金とコネだけで医者にはならないと思うんだけど……

 仕方ないから、出してくれたオムライスとジンリッキーを頂いて家に上がり込んで待つことにした。

 いつも絡み合ってるベッドに一人で寝転ぶ。

 クンと香るエタニティ……ホストなんだなあ。今日は帰って来るのかなあ。



 いつの間にか眠ってしまったらしく、顎をサラサラとくすぐる感覚に目を開けると、首に綾の頭が貼り付い

ていた。

「何してんの。学校始まってんだから、キスマークとかつけないでよね」

「あ。起きた。やっぱ起きるよねー?普通、起きるよねー?起きない誰かさんとは違うよねー?」

 私は綾を押し退けて起き上がった。畜生!ブラのホックまで外されていた。

「起きない……って、海乃のこと?」

「そう。ずいぶん懐かしい物持ってるじゃないか。うーちゃん家にあったの?」

 顎で示した先には、私が持って来たアルバムが開かれたまま置いてあった。

「やっぱり、一緒に写ってる男の子が綾なんだ」

「どうしたの?これ」

 アルバムを取って、ベッドに腰かけてページを捲る。髪をかきあげて昔を懐かしむ綾は、滅多に見れない優

しい眼差しを向けている。

「海乃の家に行ったらドアが開いてた。中に知らない人がいて……やっぱり名乗らなかったけど、あの家、売

りに出すらしいの。家の物は全部処分するから、勝手に持って行っていいって言うから……」

「ふーん、それで見つけちゃったんだ……可愛いでしょ、うーちゃん」

 白い女の子を指して言った。

「これ……白子?海乃が?」

「そうだよ。先天性の眼皮膚白皮症OCA1Bチロシナーゼ陰性型。メラニン色素が作れない体質。ウサギみたいだ

ろ?でも、小学校に上がってからメラニン色素が沈着するようになってね、少しずつ色が濃くなっていった。

綺麗な茶髪にまでなったんだけどね、中学行く時から染めたんだね。黒髪に憧れてたからな」

 サラリと言ってのけられて、この人の精神は医者なんだと思った。

「うーちゃんが怖い?」

 私は首を振った。

「じゃあ問題ないじゃん。七恵は何が知りたくてこれを見せに来たの?」

 ……それを言われると……ちょっと困ってしまう。



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