小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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「写真……いっぱいあるし、仲良さそうだし……何で喧嘩したのかと思って……」

 病院での写真には必ず一緒に写っていた。

 成長過程の記録なのだろう、1ページ毎に瞳のアップ写真があるのだが、それさえも一緒にアカンベをして

いる。一緒にお風呂に入っているものまである。

「うーちゃんは最初に会った時から僕を女だと見抜いていた。アルビノのうちは弱視だから顔をうんと近付け

て僕を見ていたからかな。うーちゃんにとっては僕はただのあーちゃんで……だからさ、」

 綾は私をベッドに押し倒すと下着ごと、Tシャツをまくりあげた。胸から腹から、キスを浴びせられ、舐め

あげられた。慣れ親しんだはずの行為のはずなのに、ぞくりと背筋が震える。

「寝てるうーちゃんにこんなことして……」

 ショートパンツを下着ごと下ろして、手をあてがって中指をかくりと折り曲げた。身体がビクリと反応して

しまう。

「指入れようとしたら……起きちゃった」

 私は咄嗟に綾の頬を平手打ちした。

「嫌われて当たり前じゃない!」

「幼いうーちゃんにそれがどんな行為かなんて、わからなかったはずだよ。ましてや僕はうーちゃんの女友達

だったんだから……目を覚ましたうーちゃんは泣き叫んだ。先生、止めて、って。別に親父がいやらしい事を

してたんじゃなくて、うーちゃんにはそれが嫌いだった診察と検査に重なったんだ。酷い嫌悪を示して、二度

と顔見せんな、って、会ったら死んでやるって、病室にあったボールペンを鳩尾に刺したんだ……」

 み、鳩尾を刺した!?子供の海乃が?……激しいにもほどがあるな……

 俯いて崩れそうな綾を抱きしめた。

 綾は昔から『うーちゃん』の話になると、自分の事を『僕』と言うの、気付いていないんだろうな。子供に

戻っちゃうんだから、海乃の事でも一方的な嫉妬だけで責められなくなってしまう。

「……だって仕方なかったんだ……守りたくて……誰にも触らせたくないほど、好きだったんだ……」

 私にすがって告白する綾を抱きしめながら、つくづく男とは面倒な生き物だと思っていた。好きという感情

だけで、気持ちより先に身体を動かしてしまうことさえ厭わない。それで満たされといて勝手に傷つく。

 しかも、てめーは女だろ!?……生憎とそうとは私も思ってないんだけど、もっと器用な人なのかと思って

たよ。

「……何が、うーちゃんには悪いことしてないよ!?よくも私の海乃に魔の手を伸ばしてくれたもんだわ!」

 仕方なしに、ホスト仕様に撫で付けられた髪を、よしよしと撫でた。

「悪いことなんて思ってないもの。七恵に対してもだよ」

 ……だから、面倒くさいって言ってるんじゃない。

 だけど解るのは、この人は昔の海乃を想うよりはるかに、今の私を好いていてくれているってこと。

「私は、海乃にどんな過去があっても、過去に誰が海乃を好きであろうと構わないけど、今、海乃を少しでも

傷付ける人が居たら許さないだけ。だから、海乃を探して、綾」

「……僕は、うーちゃんを傷付けた張本人だよ?」

「人を傷付けた事のある人にしか、傷付けられた痛みなんてわからないでしょう?海乃と会えたら、綾の事紹

介する。私が嫌われたら恋人にしてね、綾の」

 綾は私をぎゅーっと抱きしめた。

「七恵は俺より優秀な精神科医になれる」

 ……精神科医になるつもりか、綾は。病んでるものね。



 綾の家を出たはいいが、電車が終わっていた。仕方がないので、またすごすごと綾の家に戻ろうとした時、

のぶを見かけた。

 隣には、のぶの仕事先の料亭のバイトの女の子が居た。映画好きとかで、最後の上映会にも来ていた面子

だ。

 仕事後にしてはフラフラと揺れていて、のぶは酔っているようだった。

「ねぇのぶさん、海乃さんいなくなっちゃったんですってね?あたし、慰めましょうか……」

 ぺたりと身体を擦り寄せて、指を絡めて手を繋ぐ。

 立ち止まったのぶは、顔を寄せてキスをしようとしてとどまり、顔を離してから強引に肩を抱いてホテルの

方へ歩いて行った。



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