小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>



「のぶと上手に友達してるみたいじゃん?」

「うん」

 のぶとの『恋人になりましょう作戦』が実行されずに、季節をやり過ごした事に、綾も私も上機嫌だった。

 ……変な話だが、あの無理矢理処女喪失した儀式から先、綾と私は仲良しだ。

 端から見たら、まるで夫婦か恋人同士のように。

 それはそれで、解せない気分ではあるが、私自身も心地良かったりする。

 でもそれが、どこかチクチクと胸を締め付ける。



「七恵……会えないか……飯、喰わないか、な」

 冬になる頃、凍えた声でのぶから電話があった。

 のぶからの呼び出しなんて、ここしばらくで初めてだった。

 そうだ。のぶと散々飲み歩いているが、のぶから誘って来たことはなかった。私が一方的に連れ出すのに、つ

いて来ていただけだ。

 私はぞくりと冷たいものを感じて、のぶの許に急いだ。

 仕事先の三軒手前のシャッターの閉まった薬屋の前に、のぶは膝を抱えて座り込んでいた。

「のぶ!どっかのお店に入って待っててくれたら良かったのに……寒かったでしょ」

 私はわざと明るめに声をかけた。……明らかにおかしい。何があった?

「……ここさ、ずっとゾウの乗り物があってさ、俺ガキん時好きで、よく乗ってた」

 サトちゃんか……うんうん、私とも取り合ったよね。でも今は……

 私はのぶの頭をベシッと叩いて、手を伸ばした。

「先ずはご飯食べようよ!何食べる?」



 結局のところ、新米の板前と一緒にファミレスでハンバーグをパクついていた。

 いつもハイスピードで酒を掻き込む代わりに、今日は肉を掻き込んでいる。

「今日はどうしたの?」

「すいませーん!ジャイアント・チョコレートパフェ2つ!」

 ……2つ食うのか、ひとつは私の分なのか?

「誤魔化してないでよ。酒の力を借りなきゃ海乃の話が出来ないのはわかってるけど……酒抜きで話したい事が

あるから呼んだんでしょう?」

 それでも話し出せないで唇を噛むのぶに、私はわけのわからない不安で少しずつ体温が下がるのを感じてい

た。

「お待たせしましたー」

 テーブルに届いたジャイアント・チョコレートパフェのひとつは、私の前に置かれた。

「……食べていいの?」

「食べといて。俺、アイスクリーム頭からかけられたくないから」

 それはつまり私が逆上するって事なんだね。

「やっぱりね。のぶは絶対自分から誘わないもんね……そののぶが私に話なんて、懺悔以外に何がある?いいよ

いいよ、許してやるから言いなよ、シラフで」

 私はパフェのアイスにかぶりついた。

「俺…………」

 言いかけてのぶは頭を抱えた。

「……女、抱いちまった……」

「何言ってんの?今更。そんなの今までだって……」

 アイスクリームをすくう手が止まった。

「……まさか!?のぶ……」

 顔を覆った指の隙間から、のぶがギョロりと目を剥いた。

「たぶん、そのまさかだ……初めてだ、自分から誘って女抱いた……」

 のぶは自分から飲みに誘わない……それは女の子に対しても同じで、今までに幾多の浮世を流した、のぶの食

い道楽は全て据え膳として招待されたものなんだ……

 私はまだ半分入っていたパフェを器の中身を、のぶにぶちまけた。のぶの黒いシャツの前身が白く蕩けた。

「何で!?どうして!!裏切らないんじゃなかったの!?」

「だから……お前に言っておきたかったんだ……謝って済む話でもないが……」

 のぶはテーブルに手をついて頭を下げた。

「どうしてよ!?誘われて乗るのはアンタの病気だから仕方なくとも、アンタから誘うって何!?」

「……似てたんだ……客で来てたんだけど、会計の後にハンカチ忘れてて、届けに行った……声をかけたら『な

あに?』って振り返って……首を傾げたんだ……それが……」

 想像しただけで、私までときめいた。

 ……それは……!


-62-
Copyright ©魚庵(ととあん) All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える