小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 のぶは明らかに驚いていた。私だって驚きだ!「抱いて」なんて、綾にだって言った事ない。

「……何の冗談だよ……」

「私と居れば必ず海乃に会えるよ。絶対電話くれるし、私も探す」

 のぶは一瞬怯んだ。

「だから何だよ……俺、七恵とは寝ないって、言ったよな?俺はお前を愛せねえよ!!」

「誰が私を愛せと言った?のぶは海乃を想ってればいいのよ!だから」

 のぶの胸をドンと叩いた。心臓に届くように。気持ちが動かないように。

「のぶはここに居る海乃を抱きしめて」

 のぶは黙って胸に置かれた手を握る。

「海乃の代わりって……お前、それでいいのか?」

 私はゆっくり頷いた。

「私はのぶを離したくないの」

 引き寄せられ、乱暴にキスされたままな、ベッドに倒された。

 夢中な口づけを受けながら、ニットのワンピースが引き下ろされてゆく……ホントに慣れてる。

「……待って、私もシャワー……」

「いいよ、このままで……お前、風呂入って来てるだろ、石鹸の匂いがする」

 見透かされて赤面する思いに、無我夢中にのぶの背中に抱きついた。



 こんな時に思い出すのも恥ずかしいが、雑誌の初体験特集の記事では、シーツを握って3本のシワを作るのが

美しいとか、背中に爪を立てて、両手で6本の傷をつけると、悪魔の羽根みたいで逞しいとか……わけわかんな

いことが書いてあったが……どこにそんな余裕があるのさ!世のティーンズ共よ!?

 握りしめたシーツには10本は下らないシワが寄ってたし、ビアンの私が人肌に傷を残せるほど爪を伸ばすはず

もない!

 ……ってよりも、あんなに練習したのに、男とのセックスは……力強くて痛いわ苦しいわ……とにかく辛い!

優しくないって言うか……身体中が硬くて重い!

 悩ましい可愛い声の代わりに「……痛!」と出てしまい、のぶは動きを止めた。

「……お前、初めてとか言わないよな……」

「あ、当たり前じゃない!」

 ……男とは初めてだけど……。

「でも……海乃は……初めてだよね」

 言った途端にのぶの顔つきが変わった。優しくなった。

「……お前、俺に愛されたい?」

 ヤバい。ドキッとした。ときめいた。

「私じゃなくて、海乃がね……」

「わかった」

 極上の笑みを返して、唇を重ねてくる。



 ……ぎゃー!何だ!?コレは!!……蕩けちゃう……

 いきなり優しくなったのぶの、唇ひとっ指先ひとつ、触れられた全てが熱を帯びる。

 ……初めて理解した。このサルの伝説を、綾が「持っていかれる」と言ったわけを!

 こんな風に抱かれたら、女は誰でも参ってしまうだろう。

 快感に瞳を閉じたら最後、ずるずると気持ちを引きずり出されて、この男に捧げてしまう!

「のぶ……のぶ、お願い、名前呼んで……『海乃』って……」

 のぶの声で、のぶの腕で、海乃を抱いてもらわなきゃ……私が持っていかれる!

「……それが……いいのか?」

「うん……それがいい」

 ……て言うか、是非ともそうして!むしろお願い!

 のぶの首に腕を回し、引き寄せる。耳許で息を荒げてのぶが囁く。

「……海乃……好きだ……海乃……」

 私の中にのぶの想いが流れ込む……私の中の海乃への絡み合って、満たされる……満たされ…………え?

「…………ごめん……七恵」

 のぶは私を抱いて離さない。

 ……ちょちょちょちょちょっと待ってよ!?

 男性経験が無い私でも、何が起きたかくらいはわかる。

 でも、2回名前呼んだだけで……マジ?

 ……ちょっと笑ってしまう。クスクスと肩を震わす私に、抱きしめたまま頭突きを喰らわす。

「笑うな!俺だって驚いてんだ!普段はこんなじゃねえから!!……あー畜生……名前はヤバかった……」

 こんな可愛らしげな幼馴染みを私は誇りに思った。

 これだけ魅力的な男に愛されてる海乃を誇りに思った。

「のぶ……大好きだよ」

「俺も」

 私はのぶを、捕まえた。


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