小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 私が身支度をしている間に、のぶは更に缶ビールを空けた。もう冷蔵庫にビールは無いはず。

 エアコンの前に干したシャツはすっかり乾いていた。

「のぶ、シャツ乾いたよ」

 のぶは返事もしないで、彫刻と化していた。『考える人』という、アレだ。

「のぶ?……まだ帰らない?」

 肩にシャツを掛けて、隣に腰かけた。

「……七恵……ごめん。俺、後悔してるわ……お前と寝たこと」

 言ってくるとは思っていた。言ってくれなきゃ、私だって貫けない。

「そうなの?やっぱり他の女の肌が恋しいか……」

 少し意地悪く言ってみた。

「そうじゃない!!お前は……海乃じゃないだろ。身代わりなんて、よせよ」

 ……それでイッたくせに。ばか正直だな……のぶは。

「私はのぶが好きだよ。昔からずっと、幼馴染みじゃん」

「だからだよ……俺は海乃が好きだけど、七恵も大事に思ってるんだよ……」

 やれやれ。めんどくさいな……目的なんて一つで充分じゃない。

 のぶは決まった女がいれば、よそ見は出来ない人なのは私が熟知してる。……けど、そんな事、わざわざ教え

てあげない。

「のぶはのぶが好きなようにしてればいいよ。誘われれば、それに乗ればいいし、海乃に会いたくなれば私を呼

び出せばいいじゃない」

 のぶは私を見て、顔を歪めた。

「何だよ、それって、どんな関係だよ」

「『彼女』よ。不都合?」

 私はのぶの手を取った、自分の手と重ねた。

「のぶの彼女が居ない間、代わりを務めるだけだよ。これは、傷ついたのぶへの手当てみたいなものね。だけ

ど、自分から女誘ったら浮気だからね、許さない」

 重ねていた手のひらを包み込むように、のぶの指が割って入る。のぶは組まれた手を目の高さまで持ち上げ

た。

「俺、浮気はしねえから」

「知ってる」

 手を握り合ったまま、空いてる方の手をパチンと合わせた。



 真夜中の道を並んで歩いて帰った。何となく寄り添って、どちらともなく手を繋いで、黙って歩いていた。

 沈黙が重くて、押し潰れそうな時にのぶが言った。

「……お前、スタイル良かったんだな」

「今更?夏にいくらでも水着見てんじゃん」

「そうだけどさ……つい比べちゃって……内緒な」

 あー……確かに、身代わりの割には私の方がいい身体してるよね……海乃より……え?

「アンタいつ海乃に触ったのよ!?」

「いや、いつもあんだけ密着してりゃわかるよ」

 ……私ともしてたじゃん。……こいつぜってー触ってる。

「のぶは恋愛するのに、やっぱり身体は大事?」

 自惚れっぽいが、身体重視じゃ私が勝ってしまう。それでは困るのだ!

「普通はそうじゃねえの?ただ、俺はさ……そっちはヤり過ぎたから、もう全然別だね」

 ……なるほど。安心した。

 その時、のぶが繋いだ手をそのままポケットに入れた。のぶの皮ジャンのポケットの中は冷たかったけど、す

ぐにぬくっと温かくなった。

 でもちょっと、これは恥ずかしい。

「……これは、彼女特権?」

「これくらい友達でもやるだろ?俺、海乃にやってたよ」

 いやいやいやいやいやいやいやいや、友達にはやんないでしょう?……て言うかこいつ……

「海乃の他の友達には?」

「やるわけないじゃん!手繋がねえもん」

 やっぱり。友達ってカテゴリに入れてるだけで、初めから特別な友達なんじゃない……アタマ痛くなってき

た。

「のぶさ、海乃に会う約束して付き合うってのは聞いたけど、ちゃんと『好きだ』って伝えてるの?」

「つ、伝えてるさ!」

「いつ?」

「…………さっき…………」

 最中の囁きを思い出した。

「バカじゃないの!?」

 何が『身代わりなんてよせ』よ!!とっとと身代わりにしてるのはのぶじゃん! 私は憤慨しながら可笑しくて

しかたなかった。

 ちゃんと思ってた通りにのぶは動いてくれた。



 冬の星座がこんな都会の下町でも、瞬いていた。



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