小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 オカマ……いえ、彼……いや、彼女は「ミサオ」と名乗った。綾の大学の先輩で、来年の春に開業するから、

その報告に綾を訪ねたらしい。一応、正装でとパンツスーツを着ているが、スーツは真っ赤で胸にはカトレアの

生花、結い上げた長い茶髪にはやはりカトレアとカサブランカの生花とゴテゴテしく、ブルーのアイシャドウに

はラメが入っていて派手なコト極まりない!細くて長身、でも顎では青々と髭が産声をあげ、とにかく一目でオ

カマと判る何とも潔い御姿!!……尊敬する。

 初め、六本木の店に行ったけど、ギラギラとしたご婦人方の気迫に負けて、こっちに来たらしい。それには納

得するけど……

「その格好で……電車乗って来たんですか?」

「そーよー♪みんなが見つめるから恥ずかしかったわ!」

 そりゃ見るわ……

「ミサオさん、開業って……」

「イヤッ!ミサオちゃんって呼んで!」

 いくつだよ?ババア!

「ミサオちゃん……開業って、バーですか?」

「うん。地下はね!1階では、心療内科よ!ビルもらっちゃったから、改装したの」

 地下でバー、上で心療……え!?

「医者!?」

「そうよ。リョウちゃんの先輩だもん」

 いや、綾が医学生ってのも信じがたいところなんですが……先輩ですか、人生的にも?

「アタシね、ずっとリョウちゃんから七恵ちゃんの話聞いて来たの。ずっと会いたかったのヨ」

 ミサオちゃんはニッコリ華やかに笑った。花がこぼれるような笑い方が、海乃のようだった。全然似てないけ

ど。



 その夜は、綾の家に上がり込んで、ミサオちゃんと酒盛りした。

 さすがは精神科の医者だ。私はつるつるとのぶとの事を吐き出されてしまったけど、私は綾と居るみたいに気

持ちが安らいだ。

 目が覚めたら、目の前は真っ黒で、エタニティがプンプン匂っていた。

 それがナベシャツの綾の胸の中だと気付いた時、綾はミサオちゃんと話していた。

「七恵ちゃんはそれで幸せになれるの?リョウちゃん何で止めなかったのよ!」

「七恵が選んで七恵が決めた事だからだよ。七恵にはね、大事な大事な想いがあるんだよ、自分を失っても守り

たいんだから、俺はそれを支えたいだけだよ」

「リョウちゃん……自分と重ねてない?」

「うるせーよカマ!」

「みんなで一方通行の恋愛を身代わりになることで返して……うまく行くと思う?愛はね、愛される事を受け入

れて平等になるのよ」

「それは……医者としてか?友達としてか?」

「……女としてよ……」

「……だってよ?七恵」

 綾が私の頭を叩きながら言うから、思わず顔を上げた。

「俺は代わりでも何でも、クリスマスの朝に七恵に会えて嬉しいけどね」

 私は……ただ、こうして私の気持ちを支えてくれる人が居るのが、嬉しかった。

 許してくれる人がいるから、どんな嘘でも苦しくないよ。

「ミサオちゃん、ありがとう。大丈夫」

 鶏ガラみたいな身体に紫色のキャミソールを身につけたミサオちゃんが、布団の上から綾と私をいっしょくた

に抱きしめた。



 大晦日、のぶが初詣に誘いに来た。

 ママに悟られないように、口紅をひいて、初詣に出かけた。

 二人で打合せしたでもなく、回り道して海乃の家の前を通った。

 今まで掛けてあった『売家』の看板がなかった。誰か買ったのだろう……

 またひとつ、私たちの思い出が遠くに行った。海乃への想いを繋ぎ留めるように、私たちは手を繋いだ。

 人混みをぬって、並んでお参りした。


 海乃に会えますように……


 隣でのぶは2回賽銭して2回お参りしていた。

「贅沢者ねー。何を2回もお参りしたの?」

「ひとつは内緒。言っちまったら叶わなそうじゃん?」

「もうひとつは?」

「七恵の願い事が叶いますように」

 やだ……ときめくじゃない。でも……そしたらきっと、二人で三つの願い事は一つかもしれないね。

「偶然。私も同じ事お願いしたよ」

 偽りのバカップルぶりを楽しんだ、思えば二人の初デートだった。


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